日本ワインコラム | 北海道・余市 Misono Vineyard
「好きこそ物の上手なれ」
そうは言われても、好きを生業にするのは難しい。好きなことを仕事にしたいと思っていても、なかなかその一歩を踏み出せない。食べていけるのか?という現実的な問題が立ちはだかり、自分の気持ちと生活の糧を天秤にかけて、自分の気持ちにそっと蓋をする。大半の人間はそうだろう。
今回取材をしたMisono Vineyardの松村さんは違う。大手総合商社で航空機関連やTV放送業務など、世界を股にかけてバリバリ仕事をしていたにも関わらず、「ブルゴーニュワインが好き」という一点で、誰もが羨む仕事を手放し、東京・青山でブルゴーニュとシャンパーニュ専門のワインバーの経営に乗り出す。しかし、ワインを提供するだけでは飽き足らず、今度は自分でワインを造るという道を進み出したのだ。
かくして、2019年に北海道余市町で元牧草地を購入、翌年2020年には隣接する元果樹園を購入する。そして、2021年にはワイン製造免許を取得し、Misono Vineyardが誕生するのだ。「好き」のレベルが違うのか、心の声に忠実なのか…驚くべき行動力だ。「好き」が原動力だからこそ、自分の好きなブルゴーニュワインが教科書でありバイブル。そして研究は徹底的に行い、自分の選択に対するロジックはシンプルで明快。話を聞いていると、魔法をかけられたかのように松村さんと同じ思考になっていくのだ。笑
ブルゴーニュ地方のコート・ドールを思わせる畑との出会い
2018年、青山でワインバーを経営しながら、長野県にある千曲川ワインアカデミーで、ブドウ栽培とワイン醸造、ワイナリー経営などを学ぶと共に、自身のワイナリー設営に向けた畑も探していた。長野県内でも畑を探したが、土地が細分化されていて、纏まった土地を入手するには多数の地主の了解を得る必要があり、現実的ではなかった。
そんな中、余市で出会った現在の畑は魅力的だった。元牧草地と元果樹園はそれぞれ4haと広大で、地主もそれぞれ1人だけ。 東向きの丘陵地はブルゴーニュ地方のコート・ドールの丘を彷彿とさせ、ブルゴーニュ好きの心がくすぐられた。朝日を浴び、風も抜けるので湿気が溜まらない環境。日本海と余市川を臨む位置にあり、海や川に近く温暖な環境なのも素晴らしい。特に気に入ったのはサクランボや梨などが植えられていた元果樹園だ。温暖な気候を活かした早生のサクランボ(佐藤錦)が人気で、有名芸能人がお取り寄せしていたそう。元果樹園の土地を狙っていたが、先に決まったのは隣の元牧草地。少し肩透かしをくらったが、翌年には狙っていた元果樹園も手に入るのだから、万々歳としか言いようがない。
畑を開墾して嬉しい発見もした。土壌が灰色火山礫が風化してできた白灰色の細かい土で、水はけに優れているのだ。余市では保水性に富む赤粘土土壌のところが多い中、世界の銘醸地に比べ降雨量が多い日本の環境を考慮すると、水はけの良い土壌を確保できるのは非常に有難い。温暖な気候、風通しの良さ、水はけの良さ。必要だと考えていた要素が揃う場所に巡り合えた。
ブルゴーニュに想いを馳せた品種選び
やっぱりブルゴーニュワインが好きだから
栽培品種で一番栽培面積が広いのはもちろん、ブルゴーニュワインの筆頭品種であるピノ・ノワール(2ha)とシャルドネ(1ha)。計8haの畑の植栽面積が6haなので、全体の半分を占める。
特に元果樹園に植わるシャルドネの出来は最高だそうだ。基本的に畑は東向きの斜面だが、シャルドネが植わっている一角のみ南東向きの斜面になっており、畑の中でも特に温暖な環境。人気の早生のサクランボもこの場所で栽培されていたらしい。また、実際に栽培してみて、余市の環境はピノ・ノワールの栽培に向いていると実感。余市では、昔からツヴァイゲルトレーベとケルナーが盛んに栽培されてきており、今も栽培面積は広い。ただ、昨今の温暖化の影響で酸落ちしやすいのも事実だそう。そんな中、栽培が難しいと言われてきたピノ・ノワールは逆に、温暖化の影響で栽培しやすい品種になってきた。Misono Vineyardでも一番出来がいいと感じているそうだ。
必要に応じて品種は入れ替える
メインの2品種以外では、黒ブドウのカベルネ・フラン、ガメイ、白ブドウのソーヴィニヨン・ブラン、アルバリーニョ、アリゴテ、ナイアガラが栽培されている。ご存知の方もおられると思うが、ガメイとアリゴテはブルゴーニュでピノ・ノワールとシャルドネに次いで多く栽培されている品種だ。ここでもブルゴーニュ好きの顔が現れる。
ソーヴィニヨン・ブランとカベルネ・フランは、苗木がなかなか手に入らなかった開墾時に入手できた品種。温暖化の影響もあってかカベルネ・フランは予想よりも育ちがよいそうだ。一方、ソーヴィニヨン・ブランの成長は遅く、この地には適さないと判断し、アリゴテへ植え替えつつある。アルバリーニョは栽培が盛んなスペインやポルトガルと同じように棚仕立てで栽培。両産地と同様に余市は海が近い環境なので、品種との相性がよいのではないかと踏んでいるそう。
奇跡の3本を信じる
Misono Vineyardが「奇跡の3本」と呼ぶブドウがある。元々果樹園に植わっていたデラウェアにアリゴテを接木したものだ。50本あったデラウェアに接木してみたところ、成功したのは3本。確かに成功率は低かったが、可能であることは分かった。しかもデラウェアの木はまだ死んでいない。それに、接木が成功した木の成長は目を疑う程のスピードだ。やはり台木が古い分、栄養の吸い上げも早いのだろう。もう一回チャレンジするとのことだ。
3本しかできなかったと捉えるのではなく、難しいと思われた接木が成功したという事実に重点を置き、諦めずに再チャレンジする姿は、子供のような純粋な心と大人の余裕の両方が感じられないだろうか?ホレボレさせられる。
目指すのはブルゴーニュで見た房と粒が小さいブドウ
Misono Vineyardが目指すのは、大好きなブルゴーニュワインの味わい。だからこそ、原料となるブドウもブルゴーニュで見た房と粒の小ささを追求し、多種類のクローンを導入している(ピノ・ノワール10種・シャルドネ4種)。確かにブルゴーニュと余市の環境は異なるので、余市に合ったブドウ栽培手法を取り入れることも大事。だが、「昔から皆そうしているから」という理由だけで盲目的に受け入れることはしない。慣例に囚われず、ブルゴーニュの尊敬する造り手が実際に用いている手法で、余市でも実践可能だと考えるものは、たとえ余市では一般的でなかったとしても、取り入れる。例を見ていこう。
垂直仕立てを取り入れる
雪深い余市では、雪の重さによる枝折れを防止すると共に、ブドウを雪に埋めることで冷たい外気から遮断し、保温効果によって凍害を防ぐことを目的に、片側水平コルドン方式と呼ばれる、主幹を斜めにする仕立て方が主流。しかし、Misono Vineyardでは、斜め仕立てではなく、垂直ギュイヨ仕立てを採用している。
なぜか。自然の環境では真直ぐに伸びる木を敢えて斜めに仕立てるということは、それだけブドウの木にストレスがかかり、生育バランスが崩れることになる。これを避けたかった。実際、斜め仕立てにしているブドウの木の耐久年数は短く、余市では古木と呼ばれるブドウ木は少ない。また、斜め仕立ての場合、秋の収穫後、雪が始まる前の短い期間に全ての木をワイヤーから外して土の上に置き、春先には地面までおろしていた木を、再度規定の高さまで戻すという、煩雑な作業が加わるのだ。
確かに幼木の時は雪の重さに負けそうになることもあったそうだが、作業を繰り返す中でこれくらいなら大丈夫という絶妙な角度を習得したという。斜め仕立てでなくとも全く問題ない。実際やってみて確証したことだ。
摘芯しない
植物は光合成をして養分を蓄える。だから、夏の生育期になると、枝はぐんぐん伸び、葉を沢山付ける。枝が伸び放題になると風通しが悪くなる他、枝を伸ばすことに養分を使うので、木が熟さなくなるという考えから、通常、新梢の先端を切る「摘芯」を行う。
しかし、Misono Vineyardが尊敬するブルゴーニュの「ドメーヌ・ルロワ」は摘芯を行わない。新梢にこそブドウの成長に必要な養分を生む器官が集中し、光合成を活性化させるという考えから、新梢を切らずに編む「トリコタージュ」という手法を取っている。この考え方は徐々に広がっており、世界中で実践する生産者も増えているそうで、Misono Vineyardもその一つ。
詳しく説明を聞いた。新梢の先端を切っても、その代わりに副梢が伸びやすくなるだけで、枝を伸ばすという行動に変わりはない。新梢を切らなければ副梢は伸びないので管理もしやすい。また、新梢を切るということは、ブドウにとっては傷なので、免疫力が低下し病気にかかりやすい。そして、新梢を切ると果実が大きくなりすぎる傾向があり、ブドウ一粒当たりの糖度が上がりにくい。これらを考慮し、「トリコタージュ」を実践し、納得の結果を得ているそうだ。ただ、作業に手間がかかるのは事実。広大な畑を管理する上で、どうするのが効率的なのか、今後も手法を検討していくそうだ。
積極的に摘房する
房と粒が小さく、甘味やうまみといった凝縮感のあるブドウを実現する。その為には、積極的に摘房も行う。これは友人である、ブルゴーニュの「ドメーヌ・シモン・ビーズ」の5代目当主の千砂・ビーズ女史からの教えだ。無理して収穫量を求めるのではなく、糖度を上げることを優先せよとの教えだった。
鈴なりについたブドウの房にハサミを入れて、房を落としていく。貧乏性の身からすると、もったいない!と思ってしまうが、房を選抜することで、質が向上するのだ。また、残す房の形もきちんと整える。房の肩や耳の部分を切り落とすのだ。こうした作業の積み重ねで残った少数先鋭の房は、Misono Vineyardが求める通り、見事に房も粒も小さい、凝縮感のあるブドウになっているのだ。
ある程度生育ストレスを与える
毎年安定的に大量の果汁を収穫するのは非常に難しいこと。だからこそ、その実現のために、慣行農法でブドウを育てている他の農家に対する尊敬の念は禁じ得ない。その道のプロである、と。
その上で、Misono Vineyardとしては、できるだけ自然な環境でブドウ栽培を行いたい考え。仕事でやっている以上、ブドウを全てダメにしてまで自然派に拘るつもりはないが、除草剤は使わず、有機肥料・無化学農薬の使用を基本とする。必要に応じて限定的に化学殺虫剤は使用するが、多様性のある動植物がいる環境を維持している。自然の循環の中で、ある程度生育ストレスを与えることで、健全で強いブドウができる。そのブドウがあるからこそ、ブルゴーニュワインのような香り高く余韻の長いワインが生まれるはずと考えているそうだ。
ピュアで健全なワインを造るために
元々は選果場だったというワイナリーにお邪魔した。建物はそのままだが、冬の寒さ対策として、内側に断熱材と床暖を入れているそうだ。 ブルゴーニュワインがバイブルのMisono Vineyardが目座すのはピュアで健全なワイン。どのような秘密があるのだろう?
100%除梗&低温浸漬を実施
ワイナリーに入って目に入ってくるのが振動式除梗機だ。通常の除梗破砕機はプロペラを使って梗を取り除くのだが、どうしても粒が潰れてしまう。しかし、振動式の場合は粒をつぶさずに梗を取り除くことができるので、果汁の酸化も防げるし、粒についている微生物をそのまま活かすことも可能なのだ。粒の中でマセレーションが起こり、発酵がゆっくり進行するというメリットもある。
除梗したブドウは低温浸漬(コールド・マセレーション)させる。余市の秋は冷涼なので、自然に低温浸漬が可能だ。低温浸漬とは、アルコール発酵前にブドウを低温で醸し果汁と果皮を接触させることで、果実味や香り、色素を引き出す手法。アルコール発酵後はタンニンも抽出されるので、渋みの抽出を抑えつつ、ピノ・ノワールの特徴であるエレガントな果実味を充分に引き出すことができるのが特徴。
100%除梗と低温浸漬は、ブルゴーニュの巨匠、アンリ・ジャイエのスタイル。ここでも尊敬するブルゴーニュの造り手がお手本となっているのだ。
一方、将来的には、ブルゴーニュで主流となっている様に、収穫されたブドウの梗の熟度に合わせて、除梗の比率を変えていきたいとのこと。自分の好きな造り手だけではなく、ブルゴーニュ地方全体のトレンドの研究も怠らない。筋金入りのブルゴーニュ好きだ。
天然酵母&無添加で醸す
醸造にあたっては、補糖や補酸といった添加は行わず、酵母も天然酵母を選んでいる。天然酵母を選ぶ背景にはもちろん、Misono Vineyardに住む菌で醸すことにより、よりテロワールを表現できるという理由はある。ただそれ以上に、市場に出回る培養酵母の種類が多すぎて、何が一番フィットするのか誰も知りえないという現実を考慮して決断したそう。毎回異なるものを試したとしても、醸造は年に1回だけ。培養酵母の種類と醸造の機会は圧倒的に不均衡で、リスクが大きすぎると判断した。ブドウや蔵に付着する菌であれば、その環境にとって一番良いのは明らかである。
強い樽香は不要
醸造に使用するのは北海道で一般的な白いポリタンクだ。安価で軽量、重ねるのも移動も容易で、発酵槽として最適と判断している。一方、適度な酸素が必要な熟成には不向き。
そこで、「ドメーヌ・トロ・ボー」の5代目当主であるナタリー女史から、DRC(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ)等が愛用するフランソワ・フレール社の古樽を直接購入した。ナタリー女史は友人だそう。ブルゴーニュの○○氏という名前が何度か出てくるのだか、どんな人脈をお持ちなんですか~!?と内心ソワソワしてしまう。
樽で熟成させるのは、ピノ・ノワール、シャルドネ、カベルネ・フラン、デラウェア。現在、古樽で熟成されたホワイト・デラウェア2022がTHE CELLARのオンラインストアで購入可能なので、ぜひお試しを!
天然コルクがいい!
樽もそうだが、コルクも良質なものはなかなか日本に流通されないというジレンマがある。無類のワイン好きだからこそ、ワインを飲む楽しみをお客様にも感じてもらいたい。ワインは単なるアルコール飲料ではなく、様々なシーンで楽しまれる嗜好品。ワインを開けるという行為そのものにもワクワクしてもらいたい。
最近は高機能のスクリューキャップや天然コルクに近いDIAMコルクもある。だけど、スクリューキャップは何か味気ない。DIAMコルクも天然コルクに近いとは言え、開けるのに力がいるし、ワインが残った時に再度コルクを差し込む際に強い力が必要になる。やっぱり天然コルクがいい!となるのだ。日本ではなかなか手に入らない、ということで、またしてもブルゴーニュの人脈が。「ドメーヌ・プティ・ロワ」の斎藤氏経由で購入しているそうだ。
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「好き」の気持ちは、Misono Vineyardのガソリンだ。但し、ガソリンは外から注入が必要だが、Misono Vineyardの場合は、温泉の源泉のように絶えず湧き出てくるもの。ワインが好き。ブルゴーニュが好き。この気持ちがあるから、徹底的に研究をし、自分で実験を行い、血肉に変えていく。この熱意があるからこそ、ブルゴーニュでも多くの人脈が築かれているのだろう。
ダリの名言の中に、「偉大なるワイン」は「狂人がブドウを育て・・・正気の詩人がワインを造り…」という下りがあるが、Misono Vineyardは正にこの表現がぴったりだ。
キチガイめいた(スミマセン!)ブルゴーニュ好きという気持ちで、ブルゴーニュで見たブドウと同じ品質のものを育てようとし、一方で研究を深めることでロジックも確立し、ワインを造り上げていく。
「狂気」と「正気」が入り混じるMisono Vineyardのこれからにますます目が離せない!
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