日本ワインコラム | 北澤ぶどう園
「あの人、造ったワイン全部自分で飲んじゃうからな~。笑」
「北澤さんのブドウ栽培技術は本当にすごいですよ!!それに、誰に対しても分け隔てなく丁寧に教えてくれるんです。尊敬しかないです!」
今回、北澤ぶどう園にお邪魔するという話をした際、いろんな方が親しみや尊敬の眼差しを向けつつ、どちらかのセリフを口にした。同じ人のことを指しているとは思えない…が、両立してしまうのが今回の取材相手、長野県千曲市にある北澤ぶどう園の3代目、北澤文康さんの魅力だ。
家業を継ぐつもりはなかったが性に合っていた
北澤さんが就農したのは今から約20年前。元々は家業を継ぐつもりはなく、工業高等専門学校を出て3年程別の仕事をしていたが、畑を手伝ううちに面白くなって就農したそうだ。
北澤ぶどう園は千曲市内に位置し、長野市の善光寺と松本市を結ぶ善光寺西街道の桑原宿にある。元々は桑栽培が盛んで、その後リンゴ栽培が主流になった地域だ。そんなリンゴ全盛期の時代に、巨峰栽培を始めたのが初代。そして、2代目は周囲が巨峰ばかり育てていた30数年前に、ワイン用ブドウの栽培を始めた。
北澤家はブドウ栽培のサラブレッドであり、開拓精神に溢れたファミリーなのだ。好奇心旺盛かつ高い技術力を受け継ぐファミリーだからだろうか、現在育てている生食用ブドウの品種は30種類以上!そんな北澤さんが3代目を引き継いだのは2013年。先代の不慮の事故によるものだった。就農してから10年程経っていたとは言え、不安もあったのではないかと思うが、北澤家の開拓精神を受け継ぎ、ある挑戦に取り組んでいる。
ワイン造りだ。
なぜワイン造りなのか
自分はお酒が好きだし、せっかくワイン用ブドウを栽培しているのだから、自分で育てたブドウでワインを造ってみたかった。それに、ワインとして仕込めば保存ができ、一年中、何年後でも飲んで楽しむことができる
と目を輝かせた北澤さん。お酒好きな北澤さんが、ワイン造りに目覚めるのは、時間の問題だったのだろう。しかし、理由はそれだけではなさそうだ。
「栽培の手間がかからないワイン用ブドウ品種を開拓できれば、高齢化や耕作放棄地といった問題解決にも繋がるかもしれない。利己の心をうまく使って、他者に役立つことができれば嬉しい。」とポロリと仰る。
この感じ、いいなぁと思う。「あなたのために私は頑張ります」と言われると、言われた方はなんとなく後ろめたさを感じ、言う方もつい見返りを求めてしまうので、双方苦しくなる。だけど、北澤さんはあくまでも「自分は好きなことを楽しみながらやります」というのが先にあるので、苦しさがない。それに、本人が楽しそうだと周りにいる人も気軽に声をかけやすくなる。そうか、好循環はこうやって生まれるのかぁと気付かされるのだ。
農家目線で手繰り寄せたマルベックとの出会い
先代がワイン用ブドウを栽培し始めたのはとても早く、30数年前の1990年頃。サントリー向けの委託栽培で、ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ、メルロ、ピノ・ノワールを栽培していたが、北澤さんが就農したころは、白ブドウ品種のソーヴィニヨン・ブランとシャルドネのみ畑に残っていた。
ワイン造りに興味を持つと共に、改めて赤ワイン用の黒ブドウ品種を栽培したいと考えたそうだ。
自分の好きな品種を栽培したいという気持ちはもちろんあるが、品種を選ぶ際に重視したのは、「ブドウの出来の良さ」と「差別化しやすさ」の2点だ。自分が育てる上でも大事ではあるが、この点がクリアできれば、周辺の農家が新たにワイン用ブドウ栽培を始める際のハードルがぐっと低くなると考えた。
そして、この条件を元に20品種程試験栽培を行い選んだのが…マルベックだ。
マルベック?聞いたことがない…という方もおられるだろう。ピノ・ノワールやカベルネ・ソーヴィニヨンといった超有名品種に比べると知名度が下がるのは否めないが、侮ってはいけない魅力的な品種だ。フランス南西部カオールが原産と言われる黒ブドウで、「黒ワイン」と呼ばれるほど色調が濃いのが特徴。20世紀半ばまではボルドーでも人気を博したが、冷害で栽培量がガクンと減ることに。
一方、フランスからアルゼンチンに持ち込まれたマルベックは、1980年代頃から栽培が拡大し、現在では世界の栽培量の殆どを占める一大産地となり、名声を集めている。マルベック=アルゼンチンと認識されている方も多いのではないだろうか。ブラックベリーやブルーベリーといった黒系果実やスミレのようなお花、コショウのようなスパイス香があり、豊富なタンニン、酸味、果実味とのバランスが◎。そしてフルボディなのに口当たりは滑らか、フルーティーでジューシーな味わいなのも特徴的。癖になる味わいなのだ。
マルベックを推すにはワケがある
日本全国でワインが造られるようになった今でも、マルベック単体で仕込まれるワインは殆どない。そんな中、北澤さんが、半ば偏愛的に(失礼!笑)マルベックを推すのには理由がある。
高品質なものが育つ
まず驚いたのが、品質の高さ。試験栽培したマルベックの糖度は非常に高く、酸持ちもよい。色調も濃く仕上がり、タンニンとアルコール感も感じるしっかりとしたフルボディタイプのワインになった。フランス産やアルゼンチン産とは違う味わいではあるが、一口飲めば、マルベックだと分かる。品種特性と産地特性がしっかりと表現され、納得の仕上がりになった。2017年から収穫しているそうだが、どのヴィンテージも品質が安定しているそうだ。
実は、マルベックの片親はメルロの片親でもあり、マルベックとメルロは片親違いの兄弟。「長野県が日本を代表するメルロの産地であることを考えると、マルベックも長野に合う素質はあるはず」と北澤さんは分析する。
栽培がしやすく収量が取れる
品質が高いと同時に、栽培しやすいというのは農家としてありがたい側面だ。マルベックが完熟するためには、豊富な日照量と適切な気温が必要と言われている。千曲市は長野県の中では温暖で日照量も多く、マルベックの栽培に適した土地だ。
北澤ぶどう園の圃場は東以外の3方を山で囲まれていることから、日の出も日の入りも早い。また、西側に山があることで夜間の気温も下がりやすく、酸落ちしにくい環境だ。それでも、メルロやシャルドネは少し酸落ちが気になるそう。そんな中、マルベックは世界的に見ても温暖な地域で栽培されることが多い品種なだけあり酸持ちがよい。それに、大きな病気も発生せず、育てやすい。更に、房付きもよく、収量制限も殆どする必要がなかった。
マルベック以外にもローヌ系品種であるシラーの出来も良かったそうだが、マルベックに比べると病気が出やすかったという。また、栽培人口も増えつつあり、差別化も難しい。ご自身はシラーを栽培しているが、他の農家に薦める上ではマルベックに軍配が上がる。
生食用ブドウの収穫とバッティングしない
いくらワインが好きとは言え、北澤さんの本業は30品種以上育てる生食用ブドウの販売で、収入の殆どを占める。そのため、生食用ブドウの収穫期とワイン用ブドウの収穫期が重なるのは避けたい。
マルベックの収穫時期は10月中旬以降で、生食用ブドウの収穫が終わった後だ。一方、シャルドネとメルロは生食用ブドウの収穫期と重なってしまうので、この点からも両立は難しい品種と判断したそう。因みに、カベルネ・ソーヴィニヨンやカベルネ・フランの収穫は生食用ブドウの収穫の後ではあるが、栽培人口も多く差別化が難しいので、ブドウ農家に推薦しにくいとのこと。
特別な技術がなくても高品質な果実を安定的且つ高い収量で収穫できる。しかも生食用ブドウと忙しい収穫の時期が重ならない。「収量制限していいものを作る」というのがワイン用ブドウ栽培の鉄則のように語られることが多いが、北澤さんは違う。「収量制限せず、付いた実を余さず収穫しても品質が高いもの」を目指すのだ。なぜなら、ワイン醸造まで行う農家であれば、ブドウに付加価値を付けて販売することができるが、ブドウ栽培農家の場合、収量が上がらないと収益を得られないから。ブドウ栽培農家も潤うワイン用ブドウ栽培。これを目指すのが北澤さんなのだ。
マルベックの将来性
北澤さんが3代目を引き継ぐのと同じ頃、2013年に長野県は「信州ワインバレー構想」を策定した。また、2015年には千曲川ワインバレー特区も認定され、周辺地域でのワイン造りがにぎわうようになる。更に同年、千曲市が「千曲市ワインブドウ研究会」を発足させ、北澤さんが会長を務めることになった。
房付きもよく、収量制限が殆ど必要ないマルベックに将来性を感じた北澤さん。研究会でやるならマルベックだと判断した。しかも、苗木を購入しようとしたらワイン用品種の苗が品薄で、仕入れ可能だったのがマルベックだったそう。これは天の思し召しとしか思えない!
こうして試験圃場で植えることになったのが、マルベック、・ソーヴィニヨン・ブラン、カベルネ・ソーヴィニヨンの3品種。2017年から収穫し始め、ヴィラデスト・ワイナリーに委託する形で試験醸造を行ったところ、想像以上にマルベックの出来が良かったそうだ。そこで、市もマルベックを推奨品種に認定することになり、試験圃場で植えていたカベルネ・ソーヴィニヨンもマルベックに植え替えたそうだ。恐るべし、マルベックパワー。
現在、北澤ぶどう園のワイン用ブドウの畑の広さは0.7haで、マルベックが0.4haを占める。今後、出来のいいマルベックを中心の栽培面積を増やし、広さ1haまで拡大することを目標にしているそうだ。30品種以上の生食用ブドウの栽培がある中で、なかなかの広さだとは思うが、効率的な栽培が可能と踏んでおられるのだろう。また、北澤さんは、積極的にSNSでマルベックの栽培について発信。今では、マルベックを栽培する農家がぽつりぽつりと増えているという。繰り返すが、恐るべし、マルベックパワーである。
生食用ブドウの技術を使って質を上げる
マルベック推しの北澤さんだが、それ以外の品種も育てている。
元々は巨峰を栽培していた畑の一角に、2014年に棚仕立てで植栽された10年目のゲヴュルツトラミネールがある。ゲヴュルツトラミネールは早熟品種で、収穫は8月下旬から9月上旬頃になるという。完熟するのだが酸落ちしやすく、収穫時期の見極めが難しい。そこで、北澤さんは生食用ブドウ栽培技術の一つである副梢栽培を取り入れ、新梢の先端を敢えて切除し、脇芽を育てることで、ブドウの成熟開始時期を遅らせているそう。
副梢栽培を用いた場合の収穫時期は10月~11月頃。この時期の気候がまさにゲヴュルツトラミネールの著名な産地であるフランス、アルザス地方でブドウが収穫される9~10月と似ているとのこと。昼夜の寒暖差が大きく、酸を保ちながらブドウの糖度も上がる。ゆっくり熟すのだ。
ブドウの房は通常よりも少し小さくなるので収量は減るが、ここにも小さなからくりが。ゲヴュルツトラミネールは通常垣根仕立てで仕立てられるが、北澤さんの畑は棚仕立て。棚仕立ての場合、垣根仕立てよりも収量が上がるので、副梢栽培しても収量に問題ないとのこと。収量を確保しながら質を上げるというポリシーがここでも徹底されている。
品質と収量が両立する栽培手法ではあるのだが、技術力が必要で、手間もかかるので、あまりオススメはしないとのこと。あくまでも「自分が飲みたいから栽培している」そうだ(笑)。
ただ、本気で取り組みたいという方には「包み隠さず何でも教える」とのお言葉が。自分の考えは伝えるが押し付けはしない。そして、持てるものは全て共有する。こういうところに周りは惹かれるのだろうなぁと思わされる…
もっと良くなるから試行錯誤は続けている
マルベックもゲヴュルツトラミネールも、日本ワインでなかなかお目見えしない品種ではある。だからこそ、「日本でもこういうものができるのか!?」という驚きを消費者に届けたい。そして、「日本のマルベックといえば、こういう味わい」というスタンダードを確立させていきたいという意気込みを語ってくれた。
もっと良くなる。
好奇心旺盛な北澤さんらしい言葉で、何度が口にされた。2017年から収穫を始めたマルベックの品質は安定しているとは言え、もっと良くなる。その為にも色々と実験を繰り返している。例えば2021年は濃厚なスタイルに造ってみたり、2022年は早めに収穫して酸が際立つスタイルにしてみたり。委託醸造先のカーヴ・ハタノの波田野氏とも相談しながら、毎年スタイルを検討しているそうだ。因みに、2016年から造り始めているゲヴュルツトラミネールの最新ヴィンテージ(2023年)は、旨味が際立つ甘口スタイルに仕上っているとのこと。
消費者に届けたい!でも自分も飲みたい…
今はまだ本数が多くないので、できるだけ多くの消費者に届けたいという考えから、基本的にはそれぞれの品種で1キュヴェずつワインをリリースする形を採用している。各品種1キュヴェずつとはいえ、甘味があるものもあればドライな仕上がりのものもあれば、樽感を感じるものもあればと幅広い。それぞれ、品種特性をしっかり感じつつ、テロワールの表現がされているので、全部試したくなるのだ。
しかし、困ってしまうのが、「自分で飲みたい熱」だ。「あの人、造ったワイン全部自分で飲んじゃうからな~」といろんな方が評される通り、北澤さんはご自身のワインを結構ご自分で消費される(笑)。例えば、20223年のゲヴュルツトラミネールのリリース本数は280本で、半数を委託醸造先のカーヴ・ハタノで販売、1/4を北澤ぶどう園で販売。そして残りの1/4を…北澤さんが飲んじゃう!
「自分で飲みたい熱」は北澤さんのワイン造りの原動力なので、これがなくなっては困る。
もちろん高いブドウ栽培技術が根底にはあるのだが、この原動力があるからこそ高品質ブドウが生まれる。そして、この原動力があるからこそ、信頼する委託醸造先とタッグを組み、毎年試行錯誤を繰り返して高みを目指しているのだ。「自分で飲みたい熱」により本数に限りがあると理解して…、皆さん、必至にゲットしましょう!
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