日本ワインコラム | ヴェンティクワットロ
長野県須坂市にあるブドウ畑にやってきた。2019年4月に東京から移住してきた西舘さんが管理する畑だ。
屋号はVENTIQUATTRO(ヴェンティクワットロ)。イタリア語で数字の「24」を意味する。イタリアワイン好き×「24」時間(=1日)を大切に、楽しくワインを、という想い×ご自身の苗字である西舘の西(「24」)の掛け合わせにより、この名称を選んだそう。
西舘さんがこの地でブドウ栽培を始めるまでに、いくつもの人との出会いがある。ある出会いが次の出会いに繋がり、何かに導かれるように今、この地に立っているのだ。
動かないと始まらない
西舘さんは長い間、東京の出版業界にいた。20代の頃からワイン好きだったが、仕事とは別物として捉えてきたのだ。顧客訪問中のある時、御徒町の雑居ビルにワイナリーを発見。「こんな街中にワイナリーが⁉」と驚き、色々と話を聞く中で、これまでずっと蓋をしてきた「自分でワインを造ってみたい」という淡い夢が現実味を帯びてきた。
さて、ここからが西舘さんの凄いところ。可能性を感じたら、とにかく動く。そして自分の目で確かめる。この凄さをご理解頂くために、西舘さんの足取りを紹介したい。
まず、色々調べた中で話を聞いてみたいと思った新潟県のワイナリーを訪問する。そこでの研修内容は自分の希望条件と合わなかったが、先方から長野県が主催する「ワイン生産アカデミー」を受講してみてはどうかとアドバイスがあった。調べてみると受付終了の2週間前で、即座に申し込む。因みに、講座の開催場所は、現在西舘さんの畑がある須坂市だった。振り返ってみると縁を感じるセッティングだ。
受講を終え、近くのワインバーにふらっと入り、グラスワインとして提供されたイタリア品種のアリアニコを使った赤ワインにビビっと来た。実は、以前、とあるイタリアンでアリアニコを使ったイタリア・カンパーニャ州の赤ワイン「タウラージ」を飲んで強く感銘を受けていた。「やるならアリアニコだ」という想いが強くなった西舘さん。
「『佐藤さん』が長野で『アリアニコ』を栽培している」というお店の情報を元に、翌日その『佐藤さん』に会いにいくことに。『佐藤さん』はよくある苗字だが、『アリアニコ』との掛け合わせで近隣のワイナリーに聞いて、辿り着いたのが佐藤果樹園の佐藤和之さん。2006年に「高山村ワインぶどう研究会」を立ち上げ、副会長としてワイン用ブドウの品質の向上、新品種の試験栽培等を担ってきた方だ。西舘さんが佐藤さんにご自分の想いを吐露したところ、佐藤さんを師として研修をスタートすることに。そして、東京に戻った西舘さんは仕事を辞め、須坂への移住を決めるのだ。
猪突猛進と言えばそうだし、そういう運命だったと言えばそうだろう。だが、可能性を見出す洞察力、即座に動く行動力、次のステップに繋げる向上心が揃っているからこそ実現したのだろう。
研修が始まる前からフルスロットル
恩師との出会い
2018年夏に辞表を提出し、須坂市に移住したのは2019年4月。移住に向けての準備で忙しいはずだが、その間も西舘さんはとにかく動く。 2018年8月に開催された「高山村ワインぶどう研究会」の研修に参加した際、角藤農園の佐藤宗一さんに出会い、意気投合。国際ワインコンクールでの受賞歴も多いカリスマ栽培家とも言われている方だ。
「金は払えないが飯は出す」と言われ、数週間、ブドウの収穫のお手伝いに参加することに。本格的な研修が始まる前に、収穫以外にも剪定や接ぎ木といった作業を教えてもらえたことは有難かった。そして毎晩、ワインを飲みながらワイン談義を重ねたそうだ。この経験は何にも代えられない。この話を披露して下さった西舘さんの目は下がりっぱなし。子犬がしっぽをブンブン振って母犬に向かっていくように、嬉しさが滲み出ている。
イタリアにも行く!
大きな影響を受けたワイン、タウラージが生まれる場所も見に行きたいと考えた西舘さん。2018年10月にイタリア・カンパーニャ州まで飛んだ。州都ナポリから少し内陸に入るアヴェッリーノ県では、アリアニコを使った赤ワインのタウラージのみならず、グレコやフィァーノといった白ワインも有名だ。
西舘さんは翻訳アプリを駆使しつつワイナリーやブドウ畑を見学。地元の人達が温かく迎え入れてくれ、毎晩ご飯を共にしたそう。
こういう人の温かさも含めて、アリアニコは自分にとって特別な存在
と西舘さんは言う。この思いは変わらないばかりか更に強くなり、2020年2月にも再訪したそう。
研修期間中もフルスロットル
佐藤果樹園での研修は2019年から2年間続いた。みっちり研修を受けるだけでへとへとになりそうだが、それだけで終わらないのが西舘スタイルだ。
恩師の計らいで①:イタリアでの学びを実践する
アヴェッリーノ訪問中に気付いたことがある。現地の生産者は、アリアニコを始めとする晩成種をブドウ葉が紅葉し始めてから収穫しているのだ。帰国後、この話を恩師の佐藤宗一さんに共有したところ、「面白い!」という言葉をもらい、「やってみろ!」となったそう。かくして、角藤農園にあるカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロの10aの畑の栽培許可をもらい、2019年からブドウが紅葉する11月上旬まで待って、収穫を行っているそうだ。
2019年から収穫を開始。2020年は病気にも悩まされたが、2021年は納得のブドウを収穫できたそう。恩師の佐藤さんに一番に飲んでもらいたいと思っていたが、残念ながら叶わなかった。2021年8月に佐藤さんは永眠されたのだ。あれから3年近い時間が経とうとしているが、「残念です…だけどクヨクヨできないですよね。ブドウは育っていくのだから」と寂しい気持ちは全く変わらない。それでも前を向いて、今もこのブドウ畑の管理を続けている。恩師の姿は見えないが、心の奥深くで繋がっているに違いない。
恩師の計らいで②:畑を見つける
現在の畑を入手できた裏にも恩師、佐藤さんの計らいがある。研修期間中、西舘さんが畑を探しているのを知って、地元の友人達に聞いて回ってくれたそうだ。そして、その友人達が様々な地主に声をかけてくれ、最終的には9人の地主から纏まった土地を手に入れることができたそうだ。
実は、この畑を手に入れる前、別の1ha程の広さの候補地を2年間借りていた。佐藤さんにも手伝ってもらいながら伐根作業を進めていたところ、キノコ栽培で使用されたおがくずが大量に出てきて、ブドウ畑にできないと判断。確かにお金は無駄にしたが、この遠回りもいい勉強になったと言う。恩師と共に山あり谷ありで見つけたのが今の場所だ。
恩師の計らいで③:醸造研修もぬかりなく
ブドウ栽培と並行して、県内でワイン醸造の研修も進めた。実はここにも恩師の計らいが。元々は別のワイナリーでの研修を検討していたそうだが、赤ワインを造りたいという西舘さんの希望や目指すワインのスタイルを考慮し、ドメーヌ・コーセイ(→詳細はこちらから)での研修が最適だろうと、すぐに手配して下さったそうだ。こうして、 2019年から2022年にかけて塩尻市にあるドメーヌ・コーセイと近隣の高山村にあるカンティーナ・リエゾーで、2023年からは上田市にあるメルシャン椀子ワイナリーで醸造研修を受けているそう。
滓引きの回数一つを取っても、ワイナリー毎にスタイルが異なる。色んなスタイルを勉強する中で、自分が求めるスタイルも明確になってきた。目指すのは大手が得意とするキレイで雑味のないワインとイタリアのおおらかな造りの中間地点だ。
やっと手に入れた畑
前段でご紹介した通り、周りのサポートも得て、2021年に須坂市にある1.8haの広さの新圃場を手に入れた。2年間研修を受けていた佐藤果樹園の佐藤さんから穂木をもらったアリアニコをメインに、モンテプルチアーノやサンジョヴェーゼといったイタリアの黒ブドウ品種に加え、メルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワール、シャルドネなどの国際品種も植えている。今後、フィアーノやグレコといったイタリアの白ブドウ品種も栽培したいと考えているそう。
畑は標高600mに位置し、平地に比べて2-3℃低い冷涼な場所だ。西に山を背負っているので、午後は早めに日が沈み涼しくなる。昼夜の寒暖差があることで、酸落ちが緩やかで、骨格がしっかりしたワインに仕上がる。確かに、赤系品種が熟すには午後も日照量や気温が必要だが、昨今の温暖化で須坂市も気温が高くなってきているので、大きな問題はないとのこと。それに、夏場は太陽の軌道が高くなるので、夜7時頃でもまだ明るいようだ。
畑の設計も恩師のアドバイスを受けた。元々9枚の段々畑だった畑は、行政に依頼して整地することに。平地が温まってくると、畑には下からの吹き上げの風が吹く。本来であれば、傾斜のある畑の畝は横にした方が傾斜に逆らわず作業は楽だが、西舘さんは風通しと水はけの良さを考え、畝は縦にすることを選んだ。もちろん、雨水が畑の傾斜地の下に溜まって道路や農地に迷惑がかからないように、明渠も設けている。
整地のために土地を削り始めると、ゴロゴロとした石が出てきた。土地を削る前は、浅間山の火山灰からなる黒ボク土と呼ばれる養分が多い土壌が表土にあったが、土地を削ってでてきたのは、石灰質の多い石が風化してできた、砂と粘土の間のシルトと呼ばれる粒子状の土壌だ。雨が降っても傾斜があるので水が流れてしまい、保湿力もない。黒ボク土を持ってきたり、クローヴァーを植えて窒素分を補強したり、カヴァークロップによる草勢栽培を試みたり、藁で保湿したりして、土壌改良を図っている。
ワイナリー建設に向けて
恩師の佐藤さんから「俺は失敗を重ねて40年かけてここまで来た。お前には何でも教えてやるから、1/10の4年でやれ!」と激励されたそう。その言葉もあってか、東京のワイナリーとのひょんな出会いをきっかけに、5年程しか経っていないというのが信じられないほどのスピード感でここまでこられている。畑に隣接する形でワイナリーを作りたい、というのが次の目標だ。
2021年に植えた木は、3年目の昨年、初収穫が可能となった。現在は、研修先でもあるカンティーナ・リエゾーで委託醸造している。カンティーナ・リエゾーは高山村のワイン特区の認定を受けて設立された経緯があり、特区内で栽培されたブドウで醸造する必要があった。西舘さんが恩師の配慮で栽培を続けている角藤農園の一角は高山村にあるので、委託醸造する上でも問題なかったが、須坂市の畑のブドウは対象外だ。カンティーナ・リエゾーは一般酒造免許に切り替え、西舘さんの畑で育つブドウも醸造できる体制にしてくれたそうで、昨年収穫したブドウも無事醸造してもらうことができた。
信頼関係があるからこそカンティーナ・リエゾーも融通を効かせてくれたのだろう。しかし、いつまでもおんぶにだっこという訳にはいかない。様々な場所で醸造研修を重ねる中、自分が求めるスタイルも明確になりつつある。委託醸造している以上、100%オリジナルな造りとは言い切れないし、いくら信頼関係がある委託先とは言え、自己都合で収穫や醸造スケジュールを変えることは難しい。それに、ブドウ栽培だけで生計を立てるのは難しい。やはり、ワインという付加価値を付けないと成り立たないと実感している。
「ワイナリーに来ると癒しや安らぎ、憩いを感じてもらえるような場所にしなさい。ワインはあくまでもわき役だ」というのが恩師佐藤さんからの教えだ。雄大な山の景色を一望できる場所で、遠方のお客さんの心を満たしたい。地元のお客さんにも気軽な集いの場として利用してもらいたい。こういう想いが強くなっている。須坂市にはワイン特区の制度はまだないが、幸い、来年には3トン程の収量を見込んでおり、特区導入に向けて動き出すことができそうとのこと。まだまだ西舘さんの歩みは止まらない!
----
スティーヴ・ジョブスが2005年のスタンフォード大学卒業式の祝賀式で卒業生に向けて行った伝説のスピーチの中で、「あらかじめ将来を見据えて、点と点を繋ぐことはできない。できるのは後から繋ぎ合わせることだけ。だから今やっていることがいずれどこかで実を結ぶと信じるしかない」という話をしている。これ、まさに西舘さんのことだ!と思う。この5年間の色んな出来事や人との出会いが点となって浮き上がってこないだろうか?当時は、それぞれの点を繋ぎ合わせてやろうとは思っていなかっただろうが、振り返るとしっかり点と点が繋がっているのだ。 西舘さんが目指す山頂はまだ先なのだろう。だけど、人生のどこかで必ず到達できる。そういう予感を感じずにはいられない。
※当サイトの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。また、まとめサイト等への引用を厳禁いたします。