日本ワインコラム |domaine tetta
山道をしばらく登っていくと、突如シャープでモダンな建物が現れた。一瞬「こんなところに美術館?」と思ったのだが、視線を奥にやると一面のブドウ畑が目に入り、ワイナリーだと気付かされる。 ここが今回の訪問先、岡山県新見市哲多町にあるdomaine tettaだ。洗練された空間使いと眼下に広がる一面のブドウ畑を目にすると、海外のワイナリーに来たような錯覚に陥ってしまう。
そして取材のお相手は、代表の高橋さんと2020年から栽培・醸造長を任されている菅野さん。
高橋さんは泰然自若とした語り口の中に、青い炎のような静かな情熱と強靭な精神を感じさせられる方。一方の菅野さんは誠実で真直ぐな眼差しが眩しく、ストイックと言ってもいいほど真面目にワイン造りに向き合っておられるのがひしひしと伝わってくる。この2人が目指す世界はどんなところなのだろうか?
ワインありきでスタートしたのではない
まず驚いたのが、高橋さんの家業が新見で代々続く建設業であること!全くジャンルの違うビジネスを経営する二刀流なのだ。でも、なぜ建設業からワインの世界に飛び込んだのだろう?
ワイナリーの前に広がる8haの広大なブドウ畑。圧巻の景色だが、少し前までは全く違う姿だった。平成初期に県による造成で出来た生食用ブドウの畑だったのだが、経営していた農業法人が撤退し、20年近く耕作放棄地となっていたそう。ビジネスとして成り立たなかったのは仕方ない。しかし、地元の景色が荒れていく姿を見るのは、やはり辛い…。そういう想いもあり、高橋さんは手を挙げたという。自分がここでブドウ栽培しワインを造る、と。
しかし、なぜブドウ栽培をしたことも、ましてやワイン醸造の経験がない高橋さんが、ワイナリーを造ろうと思ったのだろう?・・・その秘密は畑の環境にある。
畑の秘密①:日本で珍しい石灰質土壌
畑に足を踏み入れると、白い岩や石が畑のあちらこちらにある。新見市は南北に広がり、場所によって土壌環境が異なる。南に位置する哲多町は、石灰岩と赤土で構成される石灰岩土壌を誇る。石灰質はブルゴーニュやシャンパーニュ地方といったワインの銘醸地に多く見られる土壌で、保水と水はけのバランスが良いことで知られている。日本で石灰を採掘できる場所は非常に限られている上、石灰岩土壌でブドウ栽培しているワイナリーは更に限られる。高橋さん曰く「日本では、domaine tetta以外で1、2社程度ではないか」とのこと。これはかなり貴重な武器である。実は、この土壌環境に目を付け、以前、勝沼醸造がこの地でメルロ、シャルドネ、ピノ・ノワールといった欧州系ワイン用ブドウを栽培していたそう。大手も認めるポテンシャルの高い場所なのだ。
畑の秘密②:ブドウ栽培に適した環境
以前は生食用ブドウを栽培していた場所というだけあり、ブドウ栽培に適した環境だ。
例えば、「晴れの国・おかやま」と称されるだけあり、降雨量の多い日本の中では、比較的晴れの日が多く、日照時間が長い。また、中国山脈を背に背負う場所に位置し、畑が標高400-420mのカルスト台地上にあることから、寒暖差が生まれ、ブドウの色付きも良く、酸落ちがしにくい。更に、南西に向かう斜面の谷から風が吹くことで、ブドウの熱を冷まし、湿気が溜まりにくい環境にある。
畑の気候と土壌が、ワイン用ブドウ栽培に必要とされる条件を満たしている。これは絶対武器になると思った
と高橋さん。
ダイヤモンドの原石を見つけたと言っても過言ではないだろう。ワインの造り手の多くは、ワインという目的があって栽培適地を探すという手順を踏むことが殆どだが、高橋さんの場合は地元の環境を深く調べた結果、ワインに行きついたという逆のアプローチなのだ。異業種から飛び込む度胸や行動力にも目を見張るが、柔軟な発想や本質を見抜く力にも感服する。
少しずつ見えてきたあるべき畑の姿
2009年に会社を立ち上げ、畑の整備に取り掛かかり、10年時間を費やし、少しずつ畑を広げ今の姿になっていったと言う。
自然とうまく共存するブドウ栽培
domaine tettaでは、可能な限り自然な環境でブドウを栽培すべく、除草剤や化学肥料を使わない。岡山県内では北側に位置することから台風の直撃はほぼ無いか、年々降雨量は増えており、畑ではレインカットが欠かせない。レインカットがあることで病気の発生率がぐんと下がり、農薬の使用量もかなり抑えられるので、環境にも人にも優しい栽培が可能なのだ。
ブドウ栽培の環境に恵まれてはいるが、山が近く獣害に悩まされたそうだ。アナグマやイノシシ、サルといった野生動物が畑に入らないように、8haの畑の外周全体をぐるっと電柵とワイヤーメッシュで囲って対策を行っている。それだけではない。猟犬としてトレーニングを受けたオオカミ犬2頭を飼育し、彼らを畑に放って獣を仕留めてもらっているのだ(「畑は最高のドッグラン」こと。笑)。
更に、ブドウの収穫期にはプロのトレーナーが飼育する先輩猟犬とハンターが実際に山に入り、山に生息する獣も仕留めていくそう。こうして、獣の数自体を減らすことで獣害も劇的に減ってきたと言う。こうした対策をする前は8樽分のワインを失ったこともあるというのだから、ワンコ&囲いフェンスのパワーは偉大である。
多種多様な品種を栽培する
畑には多種多様なブドウが植わっている。畑を開墾した当初は近隣のワイナリー数も少なく、そのワイナリーも第3セクターとして運営されるなど、本格的なワイン造りを行っているところはなかった。そんな状況もあってか、纏まった本数の希望する苗木を入手することが難しく、生食用ブドウも含め多種多様な38品種を栽培していたそう。最近は、以前まで行っていた生食用ブドウの販売を止め、ワインとジュースのみの販売に方針をシフト、栽培するブドウ樹も22品種まで数を絞ってきたそうだ。それでも品種数は多い!
周辺環境と品種の相性を判断する上で大事にしているのが、「単一でワインが仕込めるかどうか」という基準。上記以外では、黒ブドウでピノ・ノワールやメルロ、白ブドウではピノ・グリ、ソーヴィニヨン・ブラン、ゲヴェルツトラミネールなどが対象となる。最近、白ブドウのアルバリーニョとプチ・マンサンも単一で仕込み始めたそうで、期待を持っている品種だそうだ。現在は収量が少ないためブレンドとして仕上げられている品種でも、将来的に単一でワインになるかもしれないので、今後も目が離せない。
ドメーヌとしてのこだわり
暫くは委託醸造でワインをリリースしてきたが、2016年に念願の醸造所が完成する。耕作放棄地となっていた畑を再生し、価値のあるものを生み出したいという想いからワイン造りをスタートした高橋さんにとっては、ブドウ栽培、醸造、瓶詰めまで全てを行う「ドメーヌ」として生まれ変わったこのタイミングは、喜びもひとしおだっただろう。
人為的な負荷をかけない醸造スタイル
醸造設備や貯蔵庫はワイナリー地下にあり、外気の変化の影響を受けにくいようになっている。醸造所での作業は、可能な限り人為的な負荷をかけないというもの。詳しく見ていこう。
きちんと熟した健全なブドウを収穫するので、補糖・補酸は行わない。また、酸化防止剤の添加も最小限に抑えられている。ポンプを使用せず、高低差を利用したグラヴィティ・フローで果実やワインを移動させることで、ブドウへの衝撃を減らし優しく取り扱い、野生酵母による発酵を経て、ステンレスタンクや木樽で熟成の時を待つ。そして、瓶詰時はフィルターや清澄・濾過といった工程も行わない。添加物や人為的なプロセスが少ない分、一般的なワイン醸造に比べて工程が少ないが、その分、ワインの状態を細かく観察し、都度必要な判断を下すことが肝要だ。数値化が難しい人の感覚というものも求められる瞬間でもある。
多品種栽培するからこそ可能なブレンドワイン
多品種を栽培しているので、仕込みの数も多い。収穫量に合わせて、様々な大きさのタンクを用意し、個別に対応しているそうだ。収量が多い品種では、区画を分けて仕込むものもあるそう。8haの広さの畑の管理と醸造の全てを、7人の常駐+数人のパートタイムの方で対応されているとのこと。常にフル稼働に違いない…
多品種を栽培しているからこそ、ブレンドの面白さが際立つ。特に、domaine tettaでは醸造用ブドウのみならず、生食用ブドウも多く栽培していることもあり、試してみたくなるブレンドが沢山ある。
例えば、生食用のシャインマスカットを用いたワイン。
シャインマスカットの豊かなアロマを活かしつつ、酸が弱いという点を酸味の強いシュナン・ブランやリースリングなどをブレンドすることで、補酸せずにフレッシュな味わいに仕上げることが可能になったそうだ。
シャインマスカット100%のワインよりも味わいや香りに複雑味が増さり、満足行く仕上がりになったそう。
危機感をバネにして
ゼロからスタートしたワイン造り。手応えは感じているが危機感もある。
時にはふりきった挑戦も
日本にワイナリーが増え続ける中、生き残らなければならないという危機感がすごくある。生き残るためにはトップ層に入り続ける必要がある。そのためには、まずは品質と考えた
と菅野さん。
以前の修行先は日本屈指のワイナリーで、そこで体験した遅摘みをdomaine
tettaでも活かそうと思ったそうだ。ただ、単に真似するのではなく、極限まで収穫を遅らせ、熟度も極限まで上げて醸造してみることにしたそうだ。標高も高く、昼夜の寒暖差もあり、酸落ちしにくいという嬉しい土地柄から、domaine
tettaでは収穫のタイミングはブドウの状態を見極め決める。他の産地より収穫は比較的遅めなのが特徴。そんな中、挑戦に出た菅野さんは2022年、全品種で収穫を後ろ倒しした。例えば、シャルドネは11月前半から収穫を開始。全ての収穫が終わったのが12月30日だったというのだから超遅摘!
「責任者になって3年以内に結果を出さないといけないと思ったし、早く振り切った挑戦をしないとどんどん怖くなると思った」と菅野さんは振り返られたが、全てのブドウがダメになるかもしれないというリスクもある。経営者である高橋さんは冷や汗ものだったのではないかと思うが、「それに、社長も『大丈夫』と背中を押してくれた」菅野さん。くぅぅぅ!痺れる話だ。
出来たワインは全てパワフル。アルコール度数も14-15%まで上がった。醸造の過程で添加物を加えたり、補糖や補酸が不要なことも再確認できたので自信になった。畑の環境とレインカットがあるからこそ可能だったと思う。ただ、これが最終地点でないことも分かり、2023年はバランスを意識した造りに進んでいる
と振り返る菅野さん。勝負するハートの強さと、課題をしっかり認識し次に繋げる冷静さを感じる。
それに対し高橋さんは
日本でここまで色が濃く、アルコール度数も高い、しっかりしたワインはなかなかない。日本でもここまでできるというのを知ってもらういい機会になった
と自信を見せてくれた。
日本に留まらない
挑戦は続く。domaine tettaのワインは海外にも輸出されているのだ。きっかけはアメリカにあるワインインポーターから届いたインスタのDMだった。現在はアメリカのニューヨーク州を始め、ミシガンやテキサス、カリフォルニアといった場所でもdomaine tettaのワインが流通されているのだ。しかも、ダイナーといった場所で地元のご飯と一緒に提供されているそうで、安芸クイーンなどの日本固有品種が人気とのこと。現在はアメリカ以外にもヨーロッパにも卸しているというのだから脱帽する。日本のワインがワインの本場で現地の食と一緒に楽しまれているという光景に、グッとくるものがある。
「これも生き残りをかけた戦いの一つ。海外でも受け入れてもらえる味でなければ勝負できない」
と菅野さんが職人肌を見せてくれたと思えば、高橋さんは、
「うちのワインは、確かに醸造過程では人為的なコントロールは最小限だが、ブドウ栽培ではレインカットも用いているし、最低限の農薬も使っているので、ナチュラルワインと一般的なワインの中間に位置するような立ち位置。亜硫酸についても、最小限入れるワインがあったからこそ海外輸出も可能になった。自然に寄り添ったワインを造るという哲学はあるが、理想に縛られ過ぎるとマーケットで生き残れない。ある程度の柔軟性は必要と考えている。」
と経営者としての顔を披露してくれた。
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互いをリスペクトしつつ、それぞれなすべきことを120%で取り組む。そして2人ともチャレンジ精神に溢れている。だからこそ、domaine tetta には「これからも絶対面白いことが起こる!」という期待しかない。
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