日本ワインコラム | ソラリスシリーズ(マンズワイン最高峰のプレミアムワイン)
「Solaris(ソラリス)」というワインを聞いたことがあるだろうか?ワイン大国フランスを含め、各国首脳陣を日本でお迎えする公式晩餐会などで頻繁に用いられているワインで、ニュースで耳にしたことがある方もおられるかもしれない。個人的にも、数か月前に何気なくソラリスの赤ワインを口にした際、果実味の凝縮感に驚き、思わず「美味しい」という言葉が出たこともあり、気になっていたシリーズでもある。
今回お話をお伺いしたのは、小諸ワイナリーに勤務する営業部の島田さん。日本が自信を持って世界に誇るワインが、長野県東信地区で造られている背景には何があるのか?その秘密を色々と解き明かしてくれた。
ソラリスシリーズの誕生までの道のり
世界と肩を並べるワインは一朝一夕にはできない。そこには多くの偶然と努力があるのだ。挨拶早々に、島田さんは滔々と説明をしてくれた。
出発点:近隣農家で見つけたブドウ
ソラリスシリーズを手掛けるマンズワインは、1962年にキッコーマンの子会社として設立された。翌年には勝沼ワイナリーを開設しワインを仕込み始めた歴史のある会社だ。実は日本デルモンテもキッコーマンの子会社。1967年、当時のマンズワイン社長が長野市善光寺付近のデルモンテ用のトマト畑を視察した際、近隣農家の軒先にブドウを発見。「善光寺ブドウ(龍眼)」と呼ばれる品種で、調べてみると高品質なワインが造れることが分かった。そこで、1971年に上田市塩田地区で契約栽培を開始。
その後、上田市から小諸市にいたる千曲川ワインバレーに契約栽培地を増やし、1973年に小諸ワイナリーを開設したのだ。このワイナリーこそが、現在、ソラリスシリーズが造られている醸造所である。
転換期:欧州系品種への切り替え
龍眼からワインを造るために建てられた小諸ワイナリーに転機が訪れたのが1988年。収穫前の10月に小諸で季節外れの大規模な雪害に見舞われ、契約農家が育てる龍眼の棚が倒壊したのだ。原料となるブドウがなくなるという緊急事態だったが、新たな一歩を踏み出すきっかけにもなった。
実は、小諸ワイナリー敷地内では1981年からシャルドネを垣根仕立てで試験栽培しており、欧州系品種の栽培が可能だと踏んでいた。また、このシャルドネの試験栽培場では、降雨量の多い日本でのワイン用ブドウ栽培に立ち向かうべく、後述する「マンズ・レインカット栽培法」の研究も行っており、この方法で栽培していたブドウは、雪害の被害を免れたそうだ。
ピンチはチャンス!倒壊した棚仕立ての龍眼は、マンズ・レインカット栽培法による垣根仕立ての欧州系品種に植え替えることに。まずシャルドネ、メルロ、信濃リースリングの3品種が植えられ、その後ソーヴィニヨン・ブランも加わった。
飛躍期:手応えを感じた東山の畑の入手
千曲川ワインバレー一帯は、日照時間が長い、ブドウ栽培期間の降雨量が少ない、土壌の水はけがいい、内陸地ゆえに昼夜の寒暖差があることから、ワイン用ブドウ栽培に適していると言われている。しかし、
同じ千曲川ワインバレー内でも、環境は様々
と島田さんは言う。「小諸市は標高650mから700mくらいの場所にある冷涼な環境。一方、上田市東山は標高550m程で日照量も強く、地元では暑い場所と言われている」とのことだ。
冷涼な小諸市にあるワイナリー内の自社農園や契約農家での畑には、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、信濃リースリングやメルロといった品種が栽培されてきたが、晩熟タイプのカベルネ・ソーヴィニヨンの栽培は難しいと判断していた。しかし、カベルネ・ソーヴィニヨンを使ったワイン造りを諦められない。検討を続け、1994年、マンズワインは上田市東山の畑にカベルネ・ソーヴィニヨンの植付けを始めた。元々は松林だった山を削った造成地で南向きのなだらかな斜面。農地履歴のない土壌なので、余分な肥料を必要としないブドウ栽培に向いていた。
東山の土壌説明のため、島田さんが畑の裏に露出する「鴻ノ巣」と呼ばれる場所に案内してくれた。途中の山道にはアカマツが並び、松茸狩りの注意書きがそこかしこにある。今でも裏山では松茸が収穫されているようだ。
「鴻ノ巣」とは長い年月をかけて隆起した堆積岩の地層のことで、この一帯がおよそ2000万年前から500万年前は海の底だったことが分かる貴重な場所だ。粘土質の土壌を少し掘り起こすと海底だったことを物語る小石がたくさん出てくる。壮大で圧巻の景色が眼前に広がり、一瞬日本にいることを忘れてしまう…。この土壌環境が東山の畑にも広がるのだ。火山灰性粘土質で、砂が比較的多い砂壌土に近い土壌。水はけがよく、ブドウ栽培に適している。東山のカベルネ・ソーヴィニヨンに手応えを感じ、自社管理畑を広げて、メルロの栽培も開始。東山のブドウは程よく水分ストレスもあることでゆっくり育ち、樹齢と共にどんどんそのポテンシャルを発揮しているそうだ。
ソラリスシリーズ誕生!日本ワイン最高峰には理由がある
マンズワイン設立から約40年、小諸ワイナリーを開設してから25年以上が過ぎた2001年、満を持してソラリスシリーズが誕生した。ソラリスのことを「世界の銘醸地と肩を並べるプレミアム日本ワイン」と言い切るのには、欧州系品種への植え替えから10年以上をかけて良質なブドウが収穫できるようになってきたという自信があったからだ。その秘密を紐解きたい。
歴史の長さ=経験値の長さ
今でこそ千曲川ワインバレー一帯は活況を見せているが、小諸ワイナリー開設後30年間は周辺に1軒もワイナリーがないという状態が続いていた。この差は大きい。周辺環境に対する理解度もそうだし、ワイン醸造回数もそれだけ多いので、蓄積するデータの量が違うのだ。
また、この経験値の長さはマンズワインだけのものではない。大規模な雪害の後、チームとして一緒に欧州系ブドウ品種を垣根仕立てで栽培してきた契約農家も同様だ。だからこそ、契約農家の高齢化問題はソラリスにとっても深刻で、栽培を辞めた農家の畑を引き継ぐこともあるそうで、現在の自社管理畑の広さは契約農家の畑と比較して約2倍まで広がりつつある。先人達の地道な努力の積み重ねを受け継ぎ、途切れさせずに現在も積み上げているのだ。
マンズ・レインカット栽培法
千曲川ワインバレーでは降雨量が少ないとは言え、それは日本国内の他地域との比較においてのこと。世界の銘醸地と比べて年間降雨量の多い日本で、健全なワイン用ブドウを育成するにはどうしたらいいのかという課題はブドウ栽培を始めた当初からあった。特に、カベルネ・ソーヴィニヨンなどの晩熟タイプのブドウは、収穫期に台風や雨が重なる日本では病害のリスク回避の観点で完熟を待たずに収穫することも多い。
そこで先代達が編み出したのが、ブドウの垣根をビニールで覆って雨を防ぐ「マンズ・レインカット栽培法」だ。雨による病害を防ぎながら、ブドウが完熟するのを待って収穫できるのだ。1988年の雪害の時にも威力を発揮したし、直近では、2019年に千曲川が氾濫する大雨に見舞われたが、「Japan Wine Competition 2023」で、「ソラリス ラ・クロワ 2019」が「欧州系品種赤」部門の最高賞を受賞するなど、レイン・カット栽培のおかげもあり、悪影響を免れたとのこと。マンズ・レインカット凄すぎである…。
ちなみに、「マンズ・レインカット栽培法」は1987年に特許出願され、1996年に許諾。今では日本全国で見られる、日本のワイン造りに多大な影響を与えた凄い技術なのだ。
最高レベルの収量制限
ブドウの凝縮感を高めるための努力も惜しまない。例えば、ブドウが色付く頃、質の高いブドウ房を選び、他の房を落とす摘房作業を行っている。通常でも1/3の房を落とし、トップクラスでは2/3を落とすというのだから、容赦ない。心を鬼にしないとできないことだ。
また、収穫は10kgバスケットを用いた手収穫。目でチェックして健全なブドウだけを収穫する。赤ワイン用のブドウは完全除梗で、除梗機をかけた後に人の手で、機械では取りきれない5㎜程度の梗を取り除いたり、ここでも腐敗果を取り除いたりという徹底ぶり。「ま、いっか…」はないのだ。
こういう緻密な作業を繰り返すことで得られるブドウの収量は非常に少ない。例えば、「東山カベルネ・ソーヴィニヨン 2021」は24hl/haという超低収量。フランスのブルゴーニュ地方のグラン・クリュの赤ワインの法定最大収量が35ha/hlと規定されているのと比べるとその低さが良く分かるだろう。厳選に厳選を重ねた果実だけが残るから最高のワインになるのだ。
納得がいくまで世に出さない
畑には様々なブドウ品種が栽培されているが、ソラリスシリーズとして販売されるのは一握りだけ。例えば、東山の畑にはカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロ以外に、ピノ・ノワールや浅間メルロといった黒ブドウ品種も栽培されている。美味しいブドウが育っているのだが、スティルのソラリスシリーズとして出すには早いと判断しているそう。最高峰だと納得するまでは出さない。こういう自己規律が効いているのだ。
因みに、ピノ・ノワールはロゼのスパークリングワインがソラリスシリーズとして販売されている。また、マンズワインの千曲川シリーズには、ピノ・ノワールや浅間メルロの赤ワインもあるので、気になる方は是非手に取って頂きたい。どれも美味しいのだ。
大手だからできること
個人のこだわりが反映された小規模ワイナリーにも魅力はあるが、大手だからこそ可能な奥深さがある。
人に投資する
現在ソラリスシリーズを率いるのは、小諸ワイナリー栽培・醸造責任者の西畑徹平さんだ。マンズワインに入社後、ブルゴーニュとボルドーの両方への合計3年半の派遣留学で、ワイン醸造士とブドウ栽培士の二つのフランス国家資格を取得。フランス二大銘醸地の両方でワイン造りを経験している人はそう多くはない。
西畑さんの前任で、マンズワイン島崎大社長もフランス・ボルドー大学への派遣留学を経験しているし、他にも海外派遣されているメンバーがいる。ワイン造りの本場で手に入れたノウハウを直接吸収した人材が何人も揃っている環境は中々ない。こういうことができるのは大手ならではだ。
土地に合う品種を探し続ける
小諸ワイナリーの敷地内には、1区画内に32品種が所狭しと並ぶ品種園がある。ワイナリー開設時、小諸に合う品種が何なのか分からず、フランス、ドイツの代表的な品種を中心に垣根仕立てでブドウ栽培を開始したそうだ。また、品種園には、マンズワインが独自にブドウを交配した品種も栽培されている。信濃リースリング(シャルドネ×リースリング)、浅間メルロ(メルロ×(シャルドネ×龍眼))、シャルドネ・ドゥ・コライユ(甲州×シャルドネ)がそうだ。果樹の試験栽培はお金がかかるし、地道な作業だ。こういった先人達の地道な努力の積み重ねがあるからこそ、この地で何を植えるべきかが明確なのだろう。
このスピリットは受け継いでいて、温暖化対策の一環として、現在、東山の自社管理畑の中ではプティ・マンサンとヴィオニエを試験栽培中とのこと。近い将来、この品種がソラリスのラインナップに加わるかもしれない。
もっと高いレベルで世界と戦うために
「世界の銘醸地と肩を並べるプレミアム日本ワイン」と称するソラリスシリーズが誕生して20年以上経過した。先人達の努力もあり、国際コンクールで多数受賞するなど、世界レベルでもその味わいは評価されている。 ここで終わらないのが現在のソラリスを造るチームの凄さだ。もっと高いレベルで世界と戦うためには、土地のポテンシャルをワインに映し出すことが必要と考え、新たな挑戦に挑んでいる。
テロワールの表現
その土地ならではの風土や個性である「テロワール」 を表現したい。この考えから生まれたシリーズがいくつかある。まずは、「ソラリス ラ・クロワ」。東山の自社管理畑にある約1haの区画で取れたカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロで造られた赤ワインだ。畑の場所が十字路の角にあることから「ラ・クロワ(十字路)」と名付けられたそう。収穫されたブドウは、そのままの比率でアッサンブラージュされているので、その年の特徴が最大限に表れるワインになっている。ヴィンテージの差が良く表現される一本だ。
他にも、小諸ワイナリーに隣接する「ル・シエル(天空)」と名付けられた畑から、シャルドネ、信濃リースリング、ソーヴィニヨン・ブランの3品種を同日に収穫し、混醸(一緒に搾って発酵)して造る白ワインも面白い。アッサンブラージュと呼ばれる手法では、品種毎に栽培、醸造してワインをブレンドするが、フィールドブレンドという手法を用い、同じ場所に育った異なる品種のブドウを同じ日に収穫し、一緒に醸造することで、より小諸という場所や畑のテロワールが表現される一本になっているのだ。
確かにヨーロッパの銘醸地のような長い歴史はないが、歴史が短いからといってテロワールがないわけではない。畑の場所を表現することで、テロワールやヴィンテージの違いが浮き上がる。飲む側としても毎年違いを楽しみたくなる、ワクワクさせられる取り組みだ。
有機栽培に挑戦する
畑のポテンシャルを発揮させるため、そして、テロワールを表現するためには、生物の多様性が維持され、畑がより自然に近い状態にあるのが理想ではないかと考え、2010年から有機栽培に挑戦している。小諸ワイナリーのすぐ東側にある30a強の南向き斜面の畑は、2つの契約栽培農地だったものを1つに纏めて、自社管理することにした場所だ。メルロとシャルドを有機で栽培し、ソラリスシリーズで展開中だ。また、東山の自社農園管理畑も40%程度は有機栽培に移行済み。その他にも小諸市内に垣根仕立てで育てているマスカット・ベーリーAを有機栽培している畑もあるそう。
有機栽培は、「言うは易く行うは難し」だ。世界の産地と比べて高温多湿な環境にある日本は、虫の数が非常に多い。小諸市のような冷涼な場所でも、昨今の温暖化の影響か、虫が越冬しているケースも見られるとのこと。虫を寄せ付けないように下草をこまめに取り除いたり、先手の防除を徹底したり…と手間暇がかかる。定期的に農薬を撒く方が管理は楽だが、簡単に薬を撒いてしまうと病気の原因を探ることはできない。有機栽培を行うことで、必然的に畑を細かに観察し管理することになり、それがブドウ栽培者の技術力向上に繋がっていると考えているそうだ。なんてストイック…。
ソラリスシリーズで展開する以上、有機栽培のブドウも最高峰のものでなければならない。チーム全員が頭を悩ませ、汗をかきながら手足を動かし、また対策を考える。この繰り返しによって生まれるのがソラリスのビオロジックワインなのだ。ただただありがたい…
次の50年を見据えて
2023年は小諸ワイナリーが出来て50周年を記念する年だった。小諸ワイナリー内にある、1981年に植え付けられた古樹のシャルドネを使ったワインは、ソラリスシリーズの最高峰の一つとしてラインナップされている。先人達が残してくれた財産である。ブドウの樹は100年を超えて生きるものもあるとは言われているが、古樹である以上、枯れるものもある。だからこそ、次の50年に向けて、次の世代に歴史を繋ぎたい。その思いから、ワイナリー内にある約10aの芝生のスペースを開墾し、新たにシャルドネとソーヴィニヨン・ブランを植え付けることになった。インタビューを行った数日前には、小諸市長も招いた植樹式も開催されたとのこと。新たな歴史の1ページを刻んだのだ。
なぜ今回、ソーヴィニヨン・ブランを加えたのか?小諸市は長野県内でも冷涼な地域ではあるが、温暖化の影響もあり、暑い年はシャルドネの酸落ちが気になることもある中、ソーヴィニヨン・ブランは酸落ちしにくいことが分かってきたそう。また、有機栽培を続けてみると、シャルドネやメルロはベド病に弱く、防除のタイミングを計るのが難しい一方、ソーヴィニヨン・ブランはベド病にも強く、薬の量も抑えられると気付いた。仕上がったワインの質も高く、「デカンター・ワールド・ワイン・アワード2023」では、欧州系品種の白ワインで、日本初の金賞を受賞したほどだ。これは次の世代に繋げるべきと考え、選んだものだ。
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ブドウ栽培に成功はないが、毎年良くするための努力を積み重ね、歴史を繋ぐことが成功への道筋になる
と、島田さんも西畑さんも口を揃える。ソラリスシリーズを支えるチームには、ワイン大好き人間が集まっている。「世界の銘醸地と肩を並べるプレミアム日本ワイン」と称されるソラリスシリーズだからこそ、生み出す過程では大変な時もあるし、メンバー間で厳しい意見がでることもあるとのこと。この厳しさがあるからこその味わいなのだ。ぜひ、日本が誇るプレミアムワインを味わってもらいたい。その味わいに圧倒されるに違いないから。
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