日本ワインコラム |コルトラーダ
梅雨とは思えないほどの猛暑に見舞われた前週とは打って変わり、訪問前夜に大雨に見舞われた中国地方…波乱の幕開けである。東京からの参加組は首尾よく飛行機で岡山空港に入り、レンタカー移動したのだが、電車&バスで現地入り予定だったライターは大雨の影響で足止め。取材に間に合わなかったのだ(涙)。ということで、今回は、いつもと少し方法を変えて。チームから受け取った情報を元に、皆さまにお伝えしたいと思う。
岡山県新見市にあるコルトラーダ。岡山空港から車で北西に1時間半。岡山駅から特急電車とタクシーで移動した場合も1時間半といった距離感だ。この地に移住し、ワイン造りに向き合っているのが今回の取材相手の保坂耕三さん。淡々とした語り口だけど、おかしいと思うことはきちんと口にする様子に不屈の精神を感じ、全てを包み隠さず語られる姿に誠実で実直なお人柄を感じさせられた。やはり、強い人は優しいのだ。
ワインに出会う前
保坂さんが新見市に移住したのは2011年秋。以前は有機野菜の栽培、流通、販売などに長く従事されていた。また、1999年に法改正され導入された有機JASの認定審査の事務局にもおられ、初年度の認定業務を担当されたそう。「関係者全員が手探り状態だった」と振り返られた言葉から、その仕事の大変さがひしひしと伝わってくる…
この頃の保坂さんは、ワインに対してちょっとお高くとまった印象をお持ちだったようだ。ところが、イタリア旅行でそのイメージは覆され、ワイン造りの道に進むことを決めてしまうのだ。
カーゼ・コリーニのロレンツォ氏との出会いで
運命の出会いとなったのが、イタリア、ピエモンテ州にあるワイナリー「カーゼ・コリーニ」。
持続可能で自然なワインを造ることで本国イタリアのみならず、日本でも人気のあるワイナリーなので、ご存知の方も多いだろう。保坂さんは2010年にここを訪れ、2021年に惜しくもお亡くなりになった前当主のロレンツォ氏と直接会話した。ロレンツォ氏は地質学を専門とする農業博士であり、イギリス・ケンブリッジにある研究機関で穀類の耐性遺伝性の研究プロジェクトに従事したり、国立ブドウ栽培研究所で持続可能なブドウ栽培についての研究をしたりと、学術的な活動でも知られる御仁だ。
もともと有機栽培の分野に長く身を置いていたからだろう、ロレンツォ氏とすぐに意気投合したようだ。土の重要性について語り合う中で、「ワインも農業だ」と腹落ちしたそうだ。
これまでも農業をしたいという希望はあったものの、鮮度が命で時間との勝負となる野菜栽培には二の足を踏んでいた。ワインはブドウを収穫してから醸造という時間が入る。いい、悪いは抜きにして、自分に向いていると思った。
「ワインを造ろう。」…即決だった。
鉄は熱いうちに打て
イタリア旅行から戻ってからの動きが早い。会社を辞め、岡山県新見市に移住したのが2011年秋。北海道は函館のご出身で、移住前は首都圏におられたので、西日本は少し縁遠い気がするが、自然豊かな環境に魅了されたのと、ワイン用ブドウを栽培している法人が既にあったということが決め手になったようだ。
2012年には同じ地域にあるドメーヌ・テッタ( → 詳細はこちら)でブドウ栽培の研修を始める。2013年からは畑を少しずつ開墾し、2014年は栃木、2015、16年は長野のワイナリーで委託醸造した。2017年から2020年の間は県内にあるラ・グランド・コリーヌで委託醸造し、収穫以降はブドウ以外に何も加えないスタイルでのワイン造りを確立。
そして、2021年に自社ワイナリーを立ち上げた。ワイン造りを志してから、急ピッチで体制を整えられた保坂さん。年数だけ追っていると順風満帆のように思えるが、目まぐるしい10数年だったに違いない。
合理的な考え方から生まれる自然なワイン造り
保坂さんのワインは所謂「自然派」とカテゴライズされる部類に入るだろう。畑では除草剤は使わず、殺虫剤は使うとしても年に1回程度、農薬も必要最低限の使用に限られる。醸造の過程でも亜硫酸といった添加物は一切使わず、ブドウだけでワインを造っている。
「自然派」ワインに明確な定義が存在しないこともあり、「自然派」と謳う商品のスタイルには幅があるし、造り手の考えも様々だ。哲学的な観点で造る人もいるだろうし、ブームに乗って…という人もいるだろう。保坂さんの話を聞いてみると、「合理的」、「本質的」という印象を持った。
ブドウの質を高めるために土壌環境を重視する
カーゼ・コリーニの故ロレンツォ氏と意気投合するだけあり、保坂さんも土壌環境を大事に考えている。保坂さんは除草剤を使わず、他の草や植物の成長を妨げる 「アレロパシー」と呼ばれる効果を持つライ麦を活用して、雑草のコントロールや土壌改善を図っている。冬に種をまいたライ麦は春先から成長する。ある程度の高さになれば、刈り取って表土に撒くことで、保湿や雑草対策となるマルチの役割も果たす。成長速度が様々な雑草が生える環境であれば、頻繁な草刈りが必要になるが、ライ麦を活用すれば年に3回程度の草刈りで問題ないそうだ。基本、一人で農作業を行う保坂さんにとって、草刈りの回数が減るのは、農作業の軽減化の意味でも非常に有難い話だ。
表土が草でカバーされていると照り付ける太陽の日差しから土壌を守り保湿が可能、豪雨があったとしても浸食の影響を防ぐこともできるし、草を分解する微生物が活発になり土壌中の有機物が増える。土が豊かになれば、そこで育つブドウの質が上がるのだ。
ブドウの熟度を重視する
保坂さんは、9月の秋分の日以降にブドウを収穫する。暑い西日本でこのタイミングに収穫するのは珍しいように思えるが、そこにはからくりが。保坂さんの畑がある新見市哲多町は、標高400~600mの石灰岩質のカルスト台地に覆われていることもあり、昼夜の寒暖差もあり、ブドウの酸落ちがしにくいので、ブドウが完熟するのを待って収穫することが可能なのだ。
昨今は温暖化の影響でブドウの糖度が上がりやすく、糖度と酸度のバランスを崩さないために早めに収穫する栽培家も多いが、保坂さんは違う。「確かに酸落ちしにくいという土地柄に助けられている部分はあるけど、温暖化の影響で糖度が上がりやすい環境にあるとは言え、ブドウの熟期という意味では、実は昔とそんなに変わっていない。欧州品種の場合、この土地では秋分の日を境にブドウは熟すと考えている」とのこと。
完熟ブドウだから可能な無添加ワイン
秋分の日を過ぎる頃には、昼夜の寒暖差は増すものだ。夜の冷たい空気に触れたブドウは日中の収穫であったとしても温度が低く保たれる。また、保坂さんはブドウを手で収穫するので、果実が破裂しない。これらのことから、酸化や劣化の心配がなく、亜硫酸の添加が不要となる。更に、健全で熟したブドウであれば、バクテリアに対して過度に恐れる必要もなくなるので、発酵のタイミングで亜硫酸を添加する必要もない。豊かな土で育つ健全なブドウだから、添加物が不要になるのだ。
合理的に考えた先にあるシンプリシティ
保坂さんの醸造所には、一般的によく目にする機械や器具が少ない。 例えば、除梗機や破砕機といった機械。保坂さんのワインは全房発酵のスタイルなので、不要なのだ。全房発酵が可能なのは、果梗までしっかりブドウが熟しているからこそ。また、グラヴィティ・フロー(高低差を利用し、自然の重力を用いて果実、果汁やワインを移動させる手法。ワインを優しく丁寧に扱うことができる)を用いているので、吸い上げるポンプもないのだ。
醸造工程もシンプルだ。まず収穫期の気温は下がってきているので、収穫されたブドウの温度はそこまで高くない。従って、収穫後、一旦ブドウを冷やすという工程が不要に。尚、白ワインの場合、圧搾後冷蔵設備の中で発酵させるので、低温発酵のスタイルになる。また、保坂さんのワインは赤・白共に複数品種のブレンドだが、品種毎に仕込むのではなく、すべて一緒に混ぜて仕込むスタイルなので、発酵樽の数も少なくてすむ。赤ワイン用の小公子という品種のみ、他と比べて収穫時期が1ヶ月ほど前になるので長期間マセラシオンを続け、他の品種が収穫されたタイミングで混ぜ合わせ、短期間のマセラシオンを経て発酵へと移るそうだ。
醸造は2017年から委託醸造をお願いしていたラ・グランド・コリーヌの大岡さんに相談しながら進めているとのこと。とは言え、畑も醸造も基本1人で対応するので、効率的な動きをせざるを得ないという面はあるだろう。だからだろうか、畑の作業も醸造の工程も肩ひじ張って「自然派」に寄せているというよりも、合理的に考えて農作業に向き合うことで健全なブドウが育ち、健全なブドウがあるからこそ作業工程がシンプルになり、結果的に自然な造りになったという印象を受けるのだ。
土地の癖を理解して畑と向き合う
保坂さんが畑を紹介して下さっている間、何度も「土地癖」という言葉を口にされた。そこにはどういう想いが隠れているのだろうか。
実験の場としての品種選び
「畑は実験の場」
と仰る保坂さん。畑で植えるブドウ品種選びにその姿勢が表れている。
日本でワイン用に栽培されているブドウ品種は、ヨーロッパ系品種以外にも、交配品種、ヤマブドウ系…と多岐にわたる。一時期、様々な人が自らの経験を元に、どの系統が日本に合うのかという論争をしているのを横目で見て思ったそうだ。論争している人たちの畑の環境は様々で、かつ夫々が育てる系統数に限りがあるにも関わらず、限定的な経験値のみで全てを分かったように会話している、と。合理性や本質を大事にする保坂さんとしては気持ち悪かったに違いない。そこで、保坂さんは決めたのだ。ヨーロッパ系品種、交配品種、ヤマブドウ系の3つを網羅的に栽培しよう、と。同じ環境で同じ人が栽培することで初めて、栽培環境との相性が分かるはずだ。
かくして選ばれた品種は、次の通り。
白ブドウ | ソーヴィニヨン・ブラン(欧)、シュナン・ブラン(欧)、サンセミヨン(交) |
黒ブドウ | メルロ(欧)、カベルネ・ソーヴィニヨン(欧)、カベルネ・フラン(欧)、小公子(山)、マスカット・ベーリーA(交) |
無農薬野菜の販売の仕事をしていた際に、誰も知らない野菜ばかりを栽培する農家への対応に困った経験があり、品種は網羅的に栽培するが、お客さんを第一に考え、マニアックなワイン造りにはしないという強い信念もあった。だからこそ、王道のヨーロッパ系品種から栽培を始め、お客さんのニーズに応えられるワインを造る。その上でヤマブドウ系の独特のワインにもチャレンジするという方針で、畑にブドウを植えていったのだ。
畑は臨機応変に対応する
土地の癖は、実際にブドウを植えてから分かることが多い。
例えば、最初に植えた約20aのメルロの畑。12年目を迎えたが、枝は細い。同じ畑の中でも場所によって表土の深さも異なり、房の付き方にも差が出ることが分かってきた。
「今はやんちゃざかりの小学6年生。あと12,3年経てば大人の落ち着きが出て、いいバランスのバラ房の果実が取れると思う」とお父さんの顔を覗かせてくれた。
コウモリガという害虫でダメになる樹も出てくるが、殺虫剤は使わずに植え替えて対応するそう。
植えた樹が全滅するくらいの被害が出るのであれば、何か余計なことをしているに違いないが、そうでなければ虫を怖がりすぎる必要はない
とドンと構える。自然の流れに合わせて可能な限りサポートをする。過保護ではない見守りを大事にするスタイルだ。
約10aのマスカット・ベーリーAの畑は、植えてから大きく手を入れたところ。5mに1本の間隔で植栽したが、樹勢が弱かったので、間にブドウ樹を追加して丁度いい塩梅になったそうだ。
組織でも樹でも大きくなればなるほど管理部門が増えて、無駄が増える。樹を維持するためのエネルギーを使うくらいなら実の方にエネルギーを回したい。それに害虫被害に遭っても、一本一本が小さければ被害は大きくない
と保坂さん。合理的な考えとこまめな畑の観察があるからこそ可能な、臨機応変な対応なのだ。
実験から得た気付き
畑の場所によって多少の差はあるが、保坂さんの畑はどちらかと言えば痩せた土地。そのため、樹勢の強いブドウ品種との相性が良いと分かったとのこと。ヨーロッパ系品種の中では、樹勢の強いソーヴィニヨン・ブランやカベルネ・ソーヴィニヨンと相性が良かった。勿論、樹勢が強い=葉が生い茂る=風通しが悪くなり、場所によっては病気が出やすくなるが、対処方法を取得し、最近は問題を抑えられている。
7、8年目を迎えるヤマブドウ系の小公子は、表土が薄い環境で育っていることもあり成長はゆっくりだが、害虫にも強く栽培しやすい。また、成長が穏やかな分、5、6年後にはもっと良くなると踏んでいる。交配種のサンセミヨンやマスカット・ベーリーAも樹勢もあり害虫に強く栽培しやすい。マスカット・ベーリーAは根が張るまでは不安は残ったが、今ではすっかり強く成長しているとのこと。
これらは、実際に栽培してみて分かったことだ。様々な課題に直面してきたと思うが、その都度、観察して仮説を立てて対処してきたことが自信となり、ちょっとのことでは動じない強さを得られているようだ。
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一方でこんな言葉も残された。
開拓者の難しさは、その土地の癖が分からないこと。自分の畑の癖からすれば、3年目まではブドウ樹の成長を促進させ、4年目に実を付けるくらいが丁度いい。だけど、これは、実際にやってみないと分からないこと。分からない中で栽培していると、3年目を迎えるころに収益面で焦りが出てしまう。実際、メルロも2年目で収穫してしまい、その影響でその後の4、5年は成長が遅れた。農業はやっぱり蓄積がものを言う世界で、そこに新規就農の難しさや二代目の優位性があると思う。
嘘偽りのない言葉だと思う。
だからこそ、この厳しい時期を乗り越えた保坂さんのブドウとそこから生まれるワインには期待しかない。
コルトラーダでは年に1度ワイナリー直接販売会を開催しているそうだ。コルトラーダのワインのラインナップは、白ワイン1種類、赤ワイン2種類(軽め、重め)、ロゼ微発泡1種類の計4種類。ぜひ、畑の土、環境を大事にする保坂さんが育てるブドウの味わいをダイレクトに試してもらいたい。ワイナリーには寝泊まりするスペースとトイレもあるようなので、酔っぱらってしまっても安心だ。笑
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