日本ワインコラム | 北海道・余市 Domaine Yui
子猫がじゃれ合っているようだ。時には、喧嘩か?と心配してしまう激しさで。
かと思えば、がしっと腕と組み、大通りに繰り出すデモ隊の仲間のようでもある。
そして時には、ひっそり部室でお互いの「好き」を持ち込んで、相手の趣味をたたえ合うティーネイジャーのようでもある。
2017年に北海道余市町に移住し、2020年秋に醸造免許を取得したドメーヌ・ユイの杉山哲哉・彩夫妻。真直ぐでちょっと青臭い。自分をよく見せようというそぶりはなく、常に直球勝負の2人はとても勇敢だ。
「畑見て、ワイナリー見て、っていう一般的なインタビューにはしたくないんですよね」
はっきりとそう仰った。まずは畑やワイナリーを拝見しながら、ブドウ栽培やワイン醸造のこだわりについて話を伺う、というのが通常のインタビューの流れだが、杉山夫妻は違った。 ワインの話もするけど、自分達ってこういう人間なのですっていうのを知ってほしい。 そういう気持ちでグイグイ来られたので、いつもと違うスタイルでお届けしたい。
音楽や文学、映画をこよなく愛する文化人
関東圏出身の2人は、進学先の北海道大学で同じジャズ研究会のサークルに所属。彩さんがピアニスト、哲哉さんがドラマーだ。そして、先日開催された、余市町登地区を中心とするワイン・ブドウ園を巡る農園開放祭「ラフェト・デ・ヴィニュロン・ア・ヨイチ 2023」では、ドメーヌ・ユイのブースで大学時代の仲間がJAZZ生演奏を披露したという!しかも哲哉さんもご自身のドラムセットを使って演奏したのだとか。「このキックの強い感じは哲哉だと一発で分かった」と彩さん。そのコメント、愛があるな~。笑
哲哉さんのことを「攻撃的で衝突を厭わず、ストレートで一貫している」と彩さんが評すれば、「闇が深くて陰鬱としているけど、開いた時には得も言われぬ熱情がある」と哲哉さんは彩さん像を説明する。随分性格が異なる2人のようだ。この性格は好きなものにも表れているそうで、哲哉さんのドラムのプレイスタイルが、高速でパワフルなトニー・ウィリアムズ風だとすれば、彩さんはどこかキレイだけど死にそうなところがあるビル・エヴァンズ風だと言う。好きな文学では、哲哉さんが絞り切れないといった風に「村上春樹からスタートした」と語ると、それを制するように、彩さんは「私は三島由紀夫」と断言した上で、「三島由紀夫の『豊饒の海』、特にその第一巻の『春の雪』が好き。夏目漱石の『夢十夜』も好きで、第一夜に出てくる、女性と死と月と花というモチーフがピノ・ノワールを思わせる。闇もありつつ、死にそうで、でもキレイ。破滅に向かう美を感じる」と。彩さんと話しているとアチラの世界に引きずられていきそうになる…。
因みに、映画だと「小津安二郎が好きだ」と哲哉さんがボソっと言ったら、「それは私でしょ!」とダメ出しを食らっていたので、文化面では、彩さんのテイストに哲哉さんがかなり影響を受けているようだ。
右脳と左脳が連動する2人
超が付く文化大好き人間の2人。天才肌の右脳系一筋で来たのかと思ったら、ロジックの左脳の強さも顔を出す。小さいころから絵を描くことが好きだったという哲哉さん。高校生の頃になると、絵だけで食べていくのは難しいと判断し、大学では建築学科で都市計画を学んでいたという。「建築も同じように食べていくのは厳しいんですけどね。苦笑」と言いつつ、卒業後は建築事務所で仕事していたそうだ。
一方の彩さん。ご両親や祖父母の代も学校の先生だったという家庭環境もあり、ご自身も学校の先生になることを夢見ていた少女時代を過ごす。そして大学では物理学科の理学部で実験に明け暮れていたそうだ。ゴリゴリの理系である。
超文系の身からすると、理系脳はかなり羨ましい。左脳を使って仕事をバリバリこなしつつ、右脳系もプロ級の腕前を誇るなんて。天は二物も三物も与えるようだ。
順風満帆に見える2人だが、ひずみはあった。彩さんは大学時代から感じていたそう。大学時代は実験を繰り返す日々。意義深い実験であったとしても、その先にいるはずの人の喜ぶ姿がなかなか想像できず、苦しかったそうだ。就職先でもしっくりこない思いを抱え続けた。でも持ち前の実直さで仕事と向き合う日々。少しづつ擦り切れるものがあったのだろう。仕事を辞める決心をした。とは言え、辞めてぼんやりしないのが、2人の凄いところ。スパッと旅に出たのだ。
ぱっかーん!バックパッカーで世界が弾けた
行先は、三島由紀夫『豊饒の海』の第三巻『暁の寺』の舞台となったタイ。文学大好き人間らしいチョイスで、「リゾートに行きたい」とか「おいしいご飯が食べたい」というポップさの欠片もない。が、ここで2人は魂を揺さぶられ、転機を迎えるのだから、人生何が起こるか分からない。
新婚旅行や仕事でヨーロッパ方面に行ったことはあるが、今回はバックパッカーでアジアに。2016年8月にタイ、9月には香港を巡った。一から自分達で旅を組み立て、分からない言葉の海にも飛び込む。夜中にドアを叩く音で起こされ、恐る恐る応対した見知らぬ男から「ブラザー(兄弟よ)」と助けを求められたり、知らない若者に積極的に声をかけて目的地に向かったり。よく分からない場所でもなんとか生きていけるという自信ができた。
実は、仕事をしている時から、いつかはワイナリーをしたいという夢を2人で共有していたそうだ。けれど、資格もないし研修も受けていない。だからきっと無理だろう…とできない理由ばかりを並べてウジウジしていたという。「難しく考え過ぎていた」と彩さんは振り返る。旅先で出会う人々が明日のことを心配し過ぎず、夢を持って生きている様子を目の当たりにして、「夢を見たっていいじゃないか!夢を見られる世界がどこかにある!」という気持ちが沸いたという。今まで蓋をしていた自分達の夢が、旅先で爆発した。ワイナリーをスタートするには今しかない。灰色の東京に戻れなくなった瞬間だ。
タイ、香港を巡った2ヶ月後の11月には余市でワイナリー設立の相談に行き、翌年3月には家族で引っ越したというのだから、ウジウジしていたのが信じられない爆発的な行動力だ。
イデオロギーありきでなくクオリティ重視
移住後、春先からは余市町内やニュージーランド等で研修を積んで、2018年に現在の畑に出会う。4haの広さがある「Farm A」には、南西~北東斜面に垣根仕立てでピノ・ノワールとシャルドネ、ピノ・グリを3ha植栽。ブドウ木は現在4年目を迎える。それに追加し、2haの広さがある「Farm T」では、前の農家から引き継いだ生食用ブドウの古木を中心に、棚仕立てでデラウェア、ポートランド、キャンベル・アーリーを育てている。
畑では除草剤不使用、化学農薬や化学肥料も使用しないが、
「ガチガチの自然派を目指している訳ではなく、イデオロギーありきではない」
と断言する。
イデオロギーよりもクオリティを優先するという姿勢だ。例えば、機械化。一般的に手作業の方が機械よりもブドウを優しく扱えると言われているが、昨今は機械の質が上がってきており、手作業に負けない仕上がりになってきている。そこで、杉山夫妻はクオリティが落ちない範囲で積極的に機械化を推進。薬の散布や草刈りは機械化し、今後は摘芯や枝拾いについても機械化する予定とのこと。また、ワイナリーでの作業についても同様の考え方だ。例えば、1トンのブドウの除梗を行う場合、手作業では8人で8時間要するが、機械だと2人で30分のみで完了する!機械化すれば短時間で作業が終わるので酸化の度合いも少なく、亜硫酸の添加が不要になるというメリットまである。いい機械を入れればクオリティは変えずに効率化が図れるという訳だ。
イデオロギーありきではない、という点については、前例を丸のみにせずにクオリティを取りに行くという姿勢にも表れる。まずは仕立て方。雪深い余市では、ブドウを雪に埋めることで冷たい外気から遮断し、保温効果によって凍害を防ぐことを目的に、主幹を斜めにする仕立て方が主流。雪国ならではの智恵だが、ブドウにストレスがかかる分、樹齢が短いという問題がある。古木から生まれる高品質のワインを造りたいと考えた杉山夫妻は、世界で一般的な垂直仕立てを採用。当初、周りからは「枯れる」と脅されたそうだが、枯れないように早く幹が太くする努力をした結果、決して枯れることはなかった。樹勢を一定の強さに引き上げ、ブドウの味わいを引き出すことに注力している。
他にも、ブドウ木を仕立てる際に使うワイヤーの張り方にも考えがある。通常はワイヤーを止める杭を斜めに立てるのが主流だが、杉山夫妻は支柱を門型にして垂直に立てている。こうすることで、雪が降り積もっても、支柱にかかる重さは垂直方向なので、ワイヤーにかかるテンションも変わらず、切れにくいとのこと。この辺りは哲哉さんの建築のバックグラウンドも役立っているのだろうか。組み立ては非常に手間だったそうだが、前例を鵜呑みにせず、ブドウにとってベストを採用するという姿勢が垣間見られる。
まだまだだと思っているからこそのストイックさ
そんな2人が造り出すのは、繊細でキレイな味わいのワイン。クオリティ第一に考えて造り出すワインに満足しているのかと思いきや、2人とも現状は60点と辛口評価。ワインを保管するセラーを地下に造りたいし、シャルドネを使って3年くらい熟成したスパークリングも造りたい。やりたいことは山のようにある。
そして何よりも、もっと高品質のワインをお客様に届けたい。この思いが強い。
「我々が持つ最大のメディアはワイン。どんだけ頑張っても年間2万本程度の生産量で、本やCDと比べると届く範囲は非常に狭い。だからこそ、ワインをどれだけ磨けるかが大事。SNSを使って言葉を練り上げるだけでは負けだと思っている。本質で勝負したい。」
痺れる言葉である。こういう思いがあるからこそ、SNSはあまりやっていないそうだ。
想いは自分達のワインだけに留まらない。
「余市はワイン産地と言われているが、世界レベルで見れば弱小で零細産地。この状態に満足していない。チヤホヤされているけど、まだまだ。もっと本気でやらないといけない。生産者全員でドアを開ける努力を怠ってはいけない。」
高みを目指すその眼差しにこちらの背筋も伸びる思いだ。彩さんが「できるだけワインで人を喜ばせたい。人を喜ばせることで、そのハッピーが自分達に返ってくる」と語れば、哲哉さんは「自分がいいと思うものを造り上げたいという思いと、世の中が今日より明日前進するために自分として何ができるか、という両面で考えている」と続ける。
こんな二人だからこそ、議論は本気で、険悪な雰囲気になることもしばしばあるそうだが、最終的には「自分達に厳しいことを言っている方に考えを寄せていく」そうだ。なんてストイック…
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好き、嫌い、感動したこと、許せないこと…1人が話せばもう1人が反応する。そしてエンドレスな掛け合いが繰り広げられる。違う方向に進みそうになることもあるが、最後には2人は同じ場所に立っている。
確かにSNSで発信される情報量は少ないかもしれないが、2人のストイックさ、実直さを知れば、この上ない安心感がある。最強のタッグが造り出すワインは、今度も更なる進化を見せてくれるに違いない。
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