2023.08.27 更新

長野・ドメーヌ・コーセイ

長野・ドメーヌ・コーセイ

ドメーヌ・コーセイ

代表 味村 興成 氏

ロマンティストとリアリストが交差するワイン造り


日本ワインコラム | ドメーヌコーセイ

長野県塩尻市にやってきた。長野県のほぼ中央に位置し、北アルプスの3000m級の山を西に臨む松本盆地の南に位置し、一級河川「奈良井川」とその支流地域にある火山灰質の段丘で、信州桔梗ヶ原ワインバレーと称されるエリアだ。標高が高く、昼夜の寒暖差もある一方、日照時間は長く、年間降雨量が少ないこの地はブドウ栽培に適しており、なんと1890年からワイン用ブドウ栽培が行われてきた、日本ワインの先進地だ。

ドメーヌ・コーセイの畑の一部。整然と並ぶブドウの木と後ろにそびえる山が美しい。 ▲ ドメーヌ・コーセイの畑の一部。整然と並ぶブドウの木と後ろにそびえる山が美しい。

そんな日本ワインの歴史が詰まった塩尻市の片丘地区で、意外な人物が、意外なワインを造っておられる。 今回取材した味村さんだ。山梨大学・大学院でワインの勉強をし、1980年代にはフランスでワインを学び、シャトー・メルシャンという、長い歴史を持った「日本ワインの原点」ともいえる会社で長くワイン醸造の責任者として活躍されてきた。
そんな日本ワイン会の大御所と言える方が、定年を待たずに独立。2016年に塩尻市片丘地区でブドウ栽培を開始し、2019年にご自身の名前を付したワイナリーをオープンしたのだ。気にならない訳がない。その味村さんが選んだ道は、塩尻でのメルロに特化したワイン造り。

ワイナリーの前に立つ味村さん。D KOSEIと記された樽が味わい深い。▲ ワイナリーの前に立つ味村さん。D KOSEIと記された樽が味わい深い。

なぜ独立なのか?なぜ塩尻なのか?なぜメルロだけなのか?そこにはロマンティストとリアリストが共存する味村さんだからこそのワイン造りが見えてきた。。

ワインと共にある人生

ワイン以外の趣味はない。ワイン以外のお酒も飲まない。纏まった休みが取れたとしても、ワイン片手にゴロゴロできればそれで満足。
仕事も趣味もワインという味村さん。天職という言葉がこれほどピッタリな方もそうはいないだろう。幼少期は農家になりたくなかったそうなので、目論見が外れたとすれば、ワイン造りの中心に農作業があることくらいだろうか。

山口県岩国市のご出身。ご実家はお酒の業務用卸をされていたそうで、お酒は身近な存在だった。人生の転機は山梨大学および大学院でワインを勉強したこと。その転機をもたらしたのは味村さんの叔父だった。大学でドイツ語の教鞭をとる叔父の薦めで、ドイツ、モーゼルのリースリングを飲み、あまりの美味しさに感動し、ワインの道に進むことを決意したそうだ。以降、45年という長い歳月をワインと共に過ごされている。

畑でにこやかに色々と説明して下さる味村さん。どんな質問にも嫌な顔一つせず、答えて下さる。▲ 畑でにこやかに色々と説明して下さる味村さん。どんな質問にも嫌な顔一つせず、答えて下さる。
ふとした仕草が教授っぽい(笑)?▲ ふとした仕草が教授っぽい(笑)?

山梨大学院卒業後、味村さんはメルシャンに入社し研究所での業務をスタートする。1980年代後半にはフランス・ボルドー大学へ派遣され、その後パリ事務所でも勤務された。日本に戻ってからは、メルシャン勝沼工場で醸造責任者として、多数のワインを世に送り出してきた。メルシャンの「甲州きいろ香」という大ヒットした商品をご存知の方もおられるだろう。味村さんが醸造責任者として携わったものだ。

申し分のないアカデミックなバックグラウンドだけでなく、ビジネス面でも大成功を収めた方。軽々しくお話するのが憚られるくらい、巨匠感が凄い…にもかかわらず、味村さんは気さくで優しい。インタビューの合間も、こちらに質問を投げかけて下さり、相手を知ろうとされる姿がフラットで、話しているとついつい偉大な方だということを忘れて、昔からの知人のような感覚になってしまうのだ(おこがましくてスミマセン…)。

ドメーヌ・コーセイの設立~3つのなぜ~

その1:なぜ独立?

そんな偉大で気さくな味村さんがメルシャンから独立したのは、定年を2年後に控えた時。人柄や実績に鑑みても社内で味村さんを慕う方は多かっただろうし、長く勤めた会社の居心地も良かっただろうと推測する。このまま2年間普通に勤め上げて、ちょっとゆっくりしようかな、と思うのが世の常、人の常ではないかと思うのだが、味村さんは違う。

「自分の思い描くものを造りたい。」

この思いから独立したと言う。ロマンティストの一面が見えないだろうか?いくら醸造責任者とは言え、やはり組織に属するということは組織の考えに沿ったモノ作りが基本だ。関係者が多くなればなるほど、自分の考えと合致しない点も増えるだろう。長く組織に属していると徐々に感覚が麻痺して、初期に感じたはずの違和感が消えていくことが多いが、味村さんは心の奥底に、「自分だったら…」という思いをずっと忘れずに持っておられたのだと思う。ピュアで真直ぐな気持ちが響く。

ワイナリーに並ぶドメーヌ・コーセイのワイン。▲ ワイナリーに並ぶドメーヌ・コーセイのワイン。
ドメーヌ・コーセイのシンボルであるバラがエチケットに描かれたメルロのロゼ。爽やかでチャーミングな味わいは、冷やして夏に楽しみたい一本だ。▲ ドメーヌ・コーセイのシンボルであるバラがエチケットに描かれたメルロのロゼ。爽やかでチャーミングな味わいは、冷やして夏に楽しみたい一本だ。

なぜ塩尻?

根っこにある思いはロマンティストであっても、目標達成の道のりではリアリストの側面が顔を出す。
長年過ごし、また今もご自宅がある山梨で勝負することもできたはず。しかし、甲州やマスカット・ベイリーAといった日本固有種で造るワインが主戦場の山梨では、既に大手が手広くビジネスを展開していて、新規参入するハードルが非常に高い。日本固有種で戦うのではなく、国際品種で勝負しようとしても、山梨は国際品種を育てるには暑すぎるし、新たに借りられる土地も殆どないという現実があった。

そこで目を付けたのが塩尻だ。山梨に比べ、長野は土地が手に入りやすい。しかも、ワイナリーがある場所は、温暖化の影響がない訳ではないが、標高700mに位置し、寒暖差も十分ある。国際品種を育てるには、最高の場所だと踏んだ。

畑には全てメルロが植わっている。この他にもいくつか畑はあるが、全てワイナリーから近い場所にあり、管理しやすい。 ▲ 畑には全てメルロが植わっている。この他にもいくつか畑はあるが、全てワイナリーから近い場所にあり、管理しやすい。

なぜメルロのみ?

ある程度年齢を重ねた中での挑戦なので、ブドウを植えたけどイマイチだったという失敗は避けたかった。
長野のメルロと聞くと千曲川ワインバレーにある東御市を思い浮かべる方も多いと思うが、実は塩尻市におけるメルロの歴史は70年と長い。実績のある場所だ。また、メルシャン時代に桔梗ヶ原のメルロを20数年間仕込んだ経験があり、その特徴も良く理解していた。

メルロが開花し、実を付け始めたところ。新緑が美しく、これから成長するのが待ち遠しい。▲ メルロが開花し、実を付け始めたところ。新緑が美しく、これから成長するのが待ち遠しい。

同じ国際品種でも、例えば、カベルネ・ソーヴィニヨンは日本の気候で完熟させるのは難しく、年によって質にバラツキが出やすい。ピノ・ノワールは栽培場所を選ぶ品種であり、世界的に見ても産地は限定的で、日本で成功させるのはハードルが高い。その中で、メルロは絶対成功できる品種だという自信があった。それに自身も好きな品種である。

味村さんは断言される。

「日本で一番いい赤ワインができるのは信州。日本で一番いいメルロができるのは塩尻。」

と。メルロのみを仕込むというロマン溢れる方針には、リアルな視点で裏打ちされた勝算が備わっているのだ。

地域とバラに見守られて育てるメルロ

栽培し始めて8年目。塩尻でのメルロ栽培は合っていた。見立て通りだ。畑での作業にも味村さんの流儀が散りばめられている。

地域との関係は大事

山梨よりも土地が見つけやすいとは言え、桔梗ヶ原も激戦区でなかなか土地は見つからなかった。塩尻市の斡旋を受け、ようやく片丘地区に土地を見つけ、2016年からブドウ栽培を開始。現在はワイナリーの周辺に13か所、計10haの畑がある。
実際にブドウを栽培する面積は、畑の広さの半分程度の約5ha。畑の中に道路が通っているという事情もあるが、もう1つ理由がある。畑の周りには民家がちらほらある。畑が民家に隣接する場合は、家とブドウの間に一定の空白地帯を敢えて設けるそうだ。薬の使用量を減らした減農薬栽培とは言え、病気の防除は行っており、民家への影響を抑えるという配慮なのだ。また、ブドウを植えていないところも草刈りを行い、荒らさないようにしていると言う。大人でスマートなふるまいだ。自分の畑なのだから、どう使うかは勝手だ。しかし、相手の立場に立って考え行動する。

「代々この地に住んでいる人とは違って、我々はよそ者。だからこそ、地域に溶け込むことは何よりも重要」

と仰る味村さん。一歩引くことのできる懐の深さに頭が下がる。こういう配慮ができる方だからだろう。近隣の方との関係も良好で、しばしば野菜やお菓子の差し入れもあるそう。納得のエピソードだ。

写真右下に民家があるが、その民家と畑の間にはブドウを植えない空白のスペースを設けているのが分かる。 ▲ 写真右下に民家があるが、その民家と畑の間にはブドウを植えない空白のスペースを設けているのが分かる。

ワイナリーのシンボルのバラは畑にも

ドメーヌ・コーセイのホームぺ―ジより。圃場毎に、例えば、Alive、Beverly、Cherry Bonicaといったようにバラの名前が付けられている。ドメーヌ・コーセイのホームぺ―ジより。圃場毎に、例えば、Alive、Beverly、Cherry Bonicaといったようにバラの名前が付けられている。

圃場のネーミングには味村さんのロマンティストな一面が顔を出す。市から紹介を受けた際、圃場の名前は「A区画」、「B区画」、「C区画」・・・といった風に、アルファベットで表記されていたそうだ。分かりやすいが、どこか味気ない。そこで、味村さんは各アルファベットが頭文字にあるバラの名前を圃場名にし、実際にそのバラを取り寄せ、各圃場に植えられている。

ドメーヌ・コーセイにとってバラはシンボル的存在で、ワインボトルのエチケットにも用いられている。とは言え、実際にバラを取り寄せ、植えるとは!バラはブドウよりも繊細で病気になりやすいため、ブドウに影響が出る前に変化に気付いて対処ができるという説もある。ただ、「バラの発色がキレイなので、寒暖差は間違いなくある」と仰った。確かにバラの色は綺麗で、この場所がブドウ栽培に適していることを証明している。

▲ 畑の脇で咲き誇るバラ。発色がキレイなのがお分かりになるだろう。各圃場には異なるバラが植えられており、訪れる人の目を癒してくれる。

恵まれた畑の環境

畑は標高700mにあり、昼夜の寒暖差もある一方、日照時間は長く、ブドウがよく熟す恵まれた気候だ。基本、畑は南北の畝にしている。太陽の恵みを最大限受けられる他、南北方向で風が通ることを考慮してのことだ。塩尻は風が強く、病気の防除に効果がある。また、礫が多い土壌は、水はけが非常によい。

畑にある段差は自然の排水路となり、畑に水が溜まらないようになっている。▲ 畑にある段差は自然の排水路となり、畑に水が溜まらないようになっている。

畑の中に段差もあることから、自然の排水路も存在する。畑の一部でどうしても水が溜まりやすいと感じた場所には、明渠と暗渠の合わせ技で水はけの良さを確保している。一方、礫の下は粘土質なので、日照りが続いたとしても保水性がよく、水分補給のバランスがよいという最高の環境なのだ。但し、ブドウにとって良い環境が働く人にとって同じとは限らない。礫が多いので、草刈りの刃がすぐにダメになってしまうそうだ…

この辺りは昔、養蚕業が盛んだったこともあり、一帯に桑が植えられていた他、リンゴや蕎麦なども植えられていた。全て痩せた土地で育つものだ。ブドウを植え替えた時も土壌改良は特には行わず、暗渠を入れた程度。程よいストレスをブドウに与えることで、凝縮感のあるブドウが育つ。畑ではクローンの異なるメルロが植えられているが、クローンよりも畑の環境の差の方がダイレクトに味わいに変化が出るそうだ。

心配なのは雨と霜だ。畑には以前リンゴ畑だった頃の名残で霜よけファンがある。味村さんは使っていないそうだが、確かに霜は降りるそうだ。危ないかなぁと思う時もあるが、今のところ大きな被害はない。一方の雨は頭が痛い。日本の中では比較的降雨量が少ない場所ではあるが、雨は降る。フルーツゾーンに雨除けを被せる圃場もあるが、8月と9月に降る雨がブドウに与える影響は大きい。今のところブドウは順調に育っているとのこと。今年の雨がひどくならないことを祈るばかりだ。

メルロに合わせた仕立て

ヨーロッパ系ブドウ品種は垣根栽培と相性が良いと考え、一本の幹から2本の枝を出す垣根仕立ての「ギヨ・ドゥーブル」を採用している。作業の効率性を考えると同じ垣根仕立ての「コルドン」に軍配が上がるが、品質の観点から、垣根仕立ての中でも高い技術が必要とされるこの仕立て方法を採用している。

2本の枝はそれぞれ50~75cmの長さ。メルロは芽が飛びやすいという品種特性があることから、枝をあまり長くしないようにしているそう。だから、一本の枝が長くなる「ギヨ・サンプル」ではなく、「ギヨ・ドゥーブル」なのだ。
手作業は多いが、可能なところは機械化する。軽トラやトラクターが畝の間を通れるよう、畝間が2.5mの幅があるはその為だ。幅があることで、ブドウ木が影となり、隣の畝の日照が悪くなるという事態も避けられるメリットもある。

ギヨ・ドゥーブルで育つメルロ。こちらの畑では一つの枝の長さが75cmなので、木と木の間は1.5m。畝間も広く設けられているのがよく分かる。 ▲ ギヨ・ドゥーブルで育つメルロ。こちらの畑では一つの枝の長さが75cmなので、木と木の間は1.5m。畝間も広く設けられているのがよく分かる。

これまでの経験を発展させたワイン醸造

味村さんが目指すのは、「雑味のない飲み飽きないワイン」。その為の秘策が随所に表れている。

衛生管理は徹底的に!

「雑味のない」味わいを目指す上で、醸造過程で発生する「オフ・フレーヴァ―」と呼ばれる欠陥臭は天敵だ。これを排除するためには、機材を含め、ワイナリー全体を清潔に保つことを心がけておられるそうだ。▲ 「雑味のない」味わいを目指す上で、醸造過程で発生する「オフ・フレーヴァ―」と呼ばれる欠陥臭は天敵だ。これを排除するためには、機材を含め、ワイナリー全体を清潔に保つことを心がけておられるそうだ。

まず、ワイナリーに一歩足を踏み入れて気が付くのが、その清潔さ。ピッカピカなのだ!どの機材も光り輝き、整然と置かれている。無駄を感じる要素が何もない。
「サニテーション(衛生管理)には気を付けている」というお言葉の通りの景色が目の前に広がる。

ブドウの選果は徹底的に!

ワイナリーの環境が良くても使うブドウが健康でなければ、雑味が生じてしまう。だから選果も徹底的に行う。まず、収穫は全て手作業。単一品種なので、収穫のタイミングはほぼ同時!現在、味村さん以外に、畑に2名、ワイナリーに2名のスタッフと、アルバイトで1.5名程度が働いている。この人数では到底太刀打ちできない量なので、ボランティアの方々に手伝ってもらうそう。その数なんと320人! 10日から2週間程かけて行うそうだ。

毎年ボランティアを楽しみに来られる方もおられるそうで、半ば収穫祭のようだ。味村さんは、「お弁当係です」と笑っておられたが、収穫で死ぬほど忙しい時であっても、ボランティアの方々に気持ちよく過ごしてもらえるよう心を配る姿勢に頭が下がる。一方、収穫は天候次第で、雨で収穫予定日が急遽変更になることもある。その時は、スパッと気持ちを切り替えて、ボランティアの方とワインを楽しむそうだ。

畑での目チェック&選果台での選果を経て、後述の除梗も終えた後、チューブポンプでタンクへ運ばれていく。▲ 畑での目チェック&選果台での選果を経て、後述の除梗も終えた後、チューブポンプでタンクへ運ばれていく。

こうして一つ一つ目でチェックして収穫されたブドウではあるが、更に選果台を使ってダブルチェックを行う。ここまで細かい作業を行っているのだ。

茎は入れない!

「青臭いワインには仕上げたくない」という明確な要望がある。その為、除梗にも気を配る。
ブルゴーニュのピノ・ノワールのように敢えて全房で仕上げるスタイルもあるが、味村さんは青臭さを排除するために茎は入れない。そこで採用しているのが仏Bucher社のDelta Ocsillys(デルタ・オシリス)という除梗機だ。通常の機械はプロペラが入っているが、こちらの機械では、丸い穴のあいた円筒形の筒に投入されたブドウ房から、振動を使ってブドウの粒だけをその穴から取り出すという仕組みなので、ブドウをより優しく扱うことが可能だ。また、未熟で青臭いブドウは茎離れが悪く、これらブドウ粒は茎と共に輩出されるので、未熟果をよけることが可能なのだ。

仏Bucher社のDelta Ocsillys(デルタ・オシリス)という名の除梗機。 ▲ 仏Bucher社のDelta Ocsillys(デルタ・オシリス)という名の除梗機。

種の苦味や皮の雑味も入れない!

こうして選び抜かれたブドウは、ステンレスタンクで発酵させる。脚が長いのにお気づきだろうか?なぜか?

ステンレスタンクの下には長い脚が付いている。 ▲ ステンレスタンクの下には長い脚が付いている。

赤ワインは果皮や種も一緒に発酵する。発酵後、フリーランワインが抜き取られると、タンク下部には種や皮、果肉などが溜まっている状態になる。これらをプレス機に移動させて絞るのだが、ポンプを用いて移動させると、種や皮に傷が付き、苦味や雑味が入ってしまう。そこで味村さんは、脚のあるステンレスタンクの下に、プレス機のかごをはめ込み、種や皮を優しく掻き出し、かごをプレス機に戻してゆっくり圧搾するのだ。丁寧に扱われた皮や種は濾過層となり、そこを通過して絞られたワインには照りがあり、皮の周りの旨味も感じられる仕上がりになるのだ(プレスワイン)。

雑味のないフリーランワインと、厚みのあるプレスワインをそれぞれ一定量ブレンドして味わいを決めていく。アッサンブラージュの妙である。

写真中央の赤い機械が、除梗機と同じメーカーの仏Bucher社によるプレス機。▲ 写真中央の赤い機械が、除梗機と同じメーカーの仏Bucher社によるプレス機。

プレス機は東洋初号機だそうだ。これまでの経験があるからこそ、求めるスタイルが明確で、それを達成するために必要なものも分かっている。どちらの機械も割高だが、迷いはなかった。流石の一言だ。

樽熟成ではない、樽育成だ!

半地下にあるセラーには樽が並ぶ。フレンチ・オークとアメリカン・オークを2対1の割合で仕入れている。メルシャン時代に樽を色々試したこともあり、樽に求める要素も明確だ。今はミディアム~ミディアム+のローストで仕上げられたものに絞り、樽メーカーも目星をつけて仕入れている。

▲ フレンチ・オークはNadalieやSylvain、Remond等のメーカー、アメリカン・オークはCantonを採用しているそう。

ワイナリー設立時は樽が全て新樽という稀有な状況だったので、樽で寝かせる期間は8-10か月程度だったが、今は1年数カ月と冬を2回越すそうだ。醸造の過程でも、人の介在を抑え、自然の力に任せられるところは任せる。樽育成後、澱引きし、ワインから酒石を取り除くため冷却する過程があるが、塩尻の寒い冬の空気を利用し、セラー内に冷気を取り込む自然冷凍を行っているそうだ。そして仕上げは無濾過。濾過しなくてもワインが安定しているという自信があるからこその選択だ。

味村さんと話していて気付いたことがあった。味村さんは「樽熟成」とは言わない。「樽育成」と仰る。

「日本語は『熟成』という言葉で一括りにされるが、フランス語ではElevage(エルヴァージュ:育成)とVieillissement(ヴィエイスマン:熟成)を分けて認識している。その差はヒトの介入の有無だ。いったん瓶詰めされたら、ワインそのものへの介入はできない。樽にある間はヒトによる介入は可能だ。つまり、まだワインを育てている期間。だから「樽育成」と言う。」

わが子を見守る親の目線である。可愛くて仕方ないですね?と尋ねると、「そうでうすね」っとニコっと笑われた。

常に挑戦することを忘れない

味村さんには忘れられない言葉がある。メルシャン時代の大先輩ので、映画「ウスケボーイズ」のモデルにもなった麻井宇介さんのものだ。

「同じようにやっていても進歩はない。中小企業が20トン仕込む中、メルシャンが200トン仕込めるとしよう。10トンタンクで換算すれば、中小は2本、メルシャンは20本。20本同じように仕込んだら進歩はない。ある程度のファクターを変えて試験を組めば、中小の10倍テストできる。つまり中小の10年先を行けるんだ。それを忘れずに仕込み計画を立てろ!」

厳しい言葉だが、背筋が伸びるし、反論の余地もない。この言葉が染みついているからだろう。ワイナリーには、通常使う大きなステンレスタンク以外に、キロ単位の小ロットで発酵させる小さいサイズのステンレスタンクもある。畑の列単位で仕込んでみたり、実験的に用いたりするそうだ。メルシャン時代に比べればワイナリーの規模は圧倒的に小さくなっても、現状に甘んじることなく、常に進化できる状況を自ら作り出す。怠け心に喝を入れられたような気がする。

大きい通常のステンレスタンクの向かい側には、キロ単位で仕込むステンレスタンクが並んでいる。 ▲ 大きい通常のステンレスタンクの向かい側には、キロ単位で仕込むステンレスタンクが並んでいる。

スタッフにも同じ気持ちを共有しているそう。もちろん安全第一が大前提。効率や品質の観点で改善できる余地がないか、若いスタッフにも実験を重ねてもらっているそうだ。経験値が低いと失敗が付き物。失敗した場合、どうされているのか質問した。

「うまくいかない時の原因は大きく2つあります。1つは時間的な理由、2つ目は品質的な理由。時間的な制約があって達成できない場合は、自分も含めてスタッフが休みを返上して巻き返すこともある。大変だけど、みんなワインが好きだからできる。2つ目の理由の場合は自分がこれまでの経験を踏まえて何とかする!」

痺れる言葉だ。俺が絶対何とかするから、自由に走り回れ!と言う。心理的な安心感がある中で新しいことに挑戦できるのは心強く、これこそが成功する確率を上げる秘訣ではないだろうか。
「若いスタッフは色々とやりたいはずだけど、自分はメルロしか造っていないからな…」と懸念の言葉を何度か口にされたが、一つ軸がある方が色々と挑戦しやすいのは事実だ。それに、こんなにも挑戦を後押ししてくれる上司がいることが一番ではないだろうか。

独立してからの方が忙しい。365日仕事しているようなものだ。だが、やりがいはその分大きい。小売店やレストランで商品が並ぶ姿を見るのも嬉しいし、お客さんから美味しいと言われるのも嬉しい。天塩にかけて育て上げたワインだからこそ、お客さんには最高の状態で飲んでもらいたい。ドメーヌ・コーセイのワインは全て無濾過だ。そのため、瓶内熟成期間が長くなればなるほど、瓶内で澱が溜まる。味村さんからも、

「ドメーヌ・コーセイのワインを飲む際には、瓶を立てて澱を沈めたり、デキャンタしたりして味わって欲しい」

とのアドバイスがあったので参考にして頂きたい。味村さんが追及する雑味のない、飲み飽きしないワインがそこに待っているだろう。

味村さん、貴重なお話をありがとうございました!

Interviewer : 人見  /  Writer : 山本  /  Photographer : 吉永  /  訪問日 : 2023年08月27日

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