日本ワインコラム | 熊本ワイン
熊本県北部、山鹿市菊鹿町に居を構える熊本ワインファームの菊鹿ワイナリー。大分県と福岡県の県境に近く、阿蘇山の西側に位置する。1999年に創業した熊本ワインファームが菊鹿にワイナリーをオープンしたのは2018年。緑に囲まれた広大な敷地には、ブドウ畑とワイン醸造所の他に、試飲カウンターがあるワインショップやカフェ、ピザやパスタなどのテイクアウトやイートインスペースまで完備されていて、ゆったりと自然と楽しみながら時間を過ごすことができる。
今回は、この場所で西村さんにお話しをお伺いした。西村さんは、2009年に熊本ワインファームが国際ワイン品評会「ジャパン・ワイン・チャレンジ」の新世界白ワイン部門で日本産初の最優秀賞を獲得したというニュースを聞き、同社に魅力を感じ入社を決意。以来、醸造家としてワインと向き合う日々を過ごされている。
サルビアの花が教えてくれた菊鹿町のポテンシャル
熊本ワインファームの最初のワイナリーは熊本市内にある熊本ワイナリー。ワイナリーはヒトもカネも必要となる事業だ。もちろんワイン造りにとって肝になるのはブドウ栽培。しかし、いきなり自分達だけでブドウ栽培とワイン醸造を両立させるのは難しい。そこで、ブドウ栽培に適した土地を発掘し、そこの農家さんに栽培をお願いしようと考えた。
県内にある様々な場所を探している中、菊鹿町を訪れた際にサルビアの花が咲いていたのを発見する。しかもとてもきれいな発色だったそう。それを見てピンとくる。これだけキレイに発色しているということは、昼夜の寒暖差があるからに違いない!ということは、ここはブドウ栽培にとってもいい環境に違いない…!と。
信じられない着眼点だ。キレイに咲いている花を見ても、だいたいは「あ~きれいだなぁ。癒されるなぁ。」くらいにしか思わないだろう。しかし、求めるブドウ栽培環境が常に頭の中にあったからこそ、見過ごしてしまってもおかしくない小さな気付きに意味を見出し、点と点が繋がるのだ。心が揺さぶられるストーリーだ。
20年かけて積み上げてきた実績
サルビアをヒントにブドウ栽培に理想的な環境を見つけた。九州地方の他の多くの場所同様、菊鹿も雨が多い。年間2000ミリ強の降雨量があり、雨対策は必須となるが、一方で、年間日照時間が2000時間を超えるので、ブドウの熟度は上がる。また、寒暖差によるブドウの着色や味わいの複雑さが得られるといるメリットもある。環境がよければ、直ぐにビジネスが好転するかというと、そう簡単な話ではない。そもそも、菊鹿町の農家は栗やたばこ、アスパラガスやイチゴといった作物の栽培経験はあっても、ブドウの栽培経験はなかった。そのため、試行錯誤の連続だった。土壌の排水性を上げるための暗渠や雨除けのレインカット、畝づくり、土壌改良等。契約農家の方々と研鑽を積み、二人三脚でブドウ栽培に精を出したのだ。
当初、3-4軒しかなかった契約農家の数は、今では30軒まで増えたそう。栽培面積で見ると50-60aだったのが9haまで拡大した。契約農家に任せっきりにしないで、一緒に頭をひねり、汗をかいて作業したからこそ、その姿勢に賛同する農家が増えていったのだろう。並行してワイン醸造技術も磨き続け、特に菊鹿産のシャルドネで造るワインには自信を持てるようになった。
ブドウにも人にも優しい環境づくり
熊本ワイナリーが出来て20年程経過した。ワイナリーが熊本市内にあることから、菊鹿で育ったブドウをワイナリーまで運ぶには車で1時間ほど要してしまう。やはり、より良いワインを造るために、栽培地に近い醸造所を。そういう思いから、2018年に2番目の醸造所となる菊鹿ワイナリーを設立することになった。また、20年間契約農家さんとがっちりブドウ栽培をやってきた経験もあったことから、このタイミングでワイナリーだけでなく、自社畑を併設することになったのだ。
現在の自社畑の広さは1.5ha。今後3~5年かけて同じ菊鹿町内で畑を拡張していきたい考えだ。 これまで契約農家と共に培ってきたブドウ栽培のノウハウがあるからこそ、
「人にもブドウにも優しい、持続可能な環境を整えた。省力化しつつ収量が取れる体制にした。」
と西村さんは仰る。どういうことだろうか?
日本初の機械開閉式のレインカット
「昔は昼頃雨が降っても夕方には雨が止む、まさしく夕立だった。けれど、今はゲリラ豪雨。気象条件が変わってきたと思う。」と西村さん。雨対策は必須である。ここで、見たこともないレインカットに出会った。菊鹿ワイナリーのものは開閉式でサイズが大きい!野菜栽培等でみるようなビニールハウスのサイズで、ボタンで操作する開閉式のビニールのレインカットが完備されているのだ。見事な連棟ハウスのレインカットである。休眠期で雨水が欲しいときはビニールを開けて雨を取り入れる。一方で雨を防ぎたいときはビニールを閉めて対応する。因みに台風の時は風でビニールが飛んでいかないように開けておくそうだ。
「連棟ビニールハウスのレインカットの取り外しは非常に大変な作業。自動化することで、人にとってもブドウにとっても最適な環境作りが簡単に行うことができます。確かに初期投資は必要ですが、自動化や省力化が可能となり、やってよかったと思っています。」
と西村さんは断言された。
ハウスの中でも機械化を
ハウスの中でも20年間の栽培経験を経て得た知識を活かしたブドウ栽培を実践されている。ハウスの中に足を踏み入れると木と木の間隔が広いことに気が付く。3m程の幅があるそうだ。乗用タイプの草刈りを始めとする農機が入るので、農作業が楽になるのだ。
雨は多いものの、レインカットを導入していることもあり、適度な水分注入が重要になる。根腐れが起こらないよう、根の部分から離れたところからミスト上の冠水設備も導入しているそう。 これまで、契約農家と栽培してきたときは垣根仕立てを採用してきたが、自社栽培では棚仕立てを採用。作業する方の身長に合わせた高さ調整も行っていると言う。
「減農薬栽培などで環境に配慮した活動も取り組みながら高品質なブドウ、ワイン造りをしていきたいと考えています。」
と仰った西村さん。自社畑で働くのは主に2人だけということで、如何に持続可能に作業を続けられるかを大事にされているそうだ。
早生品種を中心に
現在、植わっている品種は、白ブドウではシャルドネ、ゲヴェルツトラミネール、ヴィオニエ、黒ブドウはピノ・ノワール、ガメイ、メルロ、カベルネ・フラン。基本的に早生品種を選んでいる。ハウスで栽培していることもあり、温度が蓄積されやすく、ハウス内の夏場には50℃にも上るというのだから、驚きだ。温暖な熊本の中でもハウスのような環境で栽培しているので、収穫は非常に早く、7月下旬頃。台風までに収穫が終えられる。また、露地栽培を行っている契約農家の収穫は8月下旬頃となることから、繁忙期をずらすことができるというメリットもあるという。
夏の昼間は50℃まで上がるが、夜はぐんと冷える。熊本市内よりも5℃程低く、夏の夜はクーラーがいらないそうだ。この寒暖差のおかげで黒ブドウの色付きも良いそうだ。また、栽培を続けている中で、いくつかのブドウに菊鹿らしさを感じるようになってきたそうだ。例えば、ピノ・ノワールにはしっかりとしたタンニンを感じ、ゲヴェルツトラミネールにはマスカットのような香りを強く感じるという。
「あまりワールド・スタンダードで考え過ぎず、ブドウの個性を活かしながら菊鹿らしさを追求したい」
と西村さん。土壌改良も続けて行っていくと仰っており、今後ますます菊鹿らしさを感じる高品質なブドウが生まれていくことが期待される。
地元と共に歩いて行く
「地元が大好き」と言葉で発せられた訳ではないが、西村さんからは、滲み出てくる地元愛を感じる。 契約農家のところには足しげく通う。また、その関係を盛り上げるために、毎年、30ある契約農家から最も質の高いブドウが収穫された1軒からシングル・ヴィンヤードのワインをトップ・キュヴェとして販売する仕組みを作っている。「次こそ自分の畑が選ばれるように!」と農家間での張り合いが生まれているそうだ。
その中で、契約農家の後継者問題は頭が痛い問題だ。自社畑やワイナリーで働く人手も足りていない。ワイナリーには地元の人に働いてほしいという想いが強い。熊本市内から菊鹿まで片道車で1時間以上要するという場所柄もあるが、ワイナリーが次の世代、そしてそのまた次に続く上で、地元のパワーが必要なのだろう。菊鹿町の人を積極採用しているという。菊鹿ワイナリーHP上にも「地元で活躍したい方、UIターンの方歓迎」という文字が並ぶ。一企業でできる範囲は限られるということで、行政ともタイアップして取り組みを加速化している。
農地も増やし、生産基盤を固め、次の世代への橋渡しをしていく。だからこそ、地元と共に歩いて行く。そういう強い決意を感じさせられた。
──菊鹿ワイナリーで育つ自社畑のブドウは、醸造の過程ではあまり手を加えず、素直にブドウそのものの味わいを前面に出すスタイルにしているそうだ。2020年がファースト・ヴィンテージで、今はまだワイナリー内でのグラス販売のみとのこと。首をながぁーくして一般販売を待ちたいと思う。
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