2022.05.18 更新

滋賀・ヒトミワイナリー

滋賀・ヒトミワイナリー

株式会社ヒトミワイナリー

取締役 / 店長 栗田 智史 氏

ピュアな異端児が産み出す「普通」に「美味しい」ワイン


日本ワインコラム | 滋賀 ヒトミワイナリー

滋賀県東近江市にあるヒトミワイナリー。
滋賀県と言えば琵琶湖という安直なイメージしか持ち合わせていなかったこともあり、ワイナリーがあると聞いて驚いた。滋賀県は中央に琵琶湖、その周囲に山地がある。東近江市は県の南東部に当たり、そのまま東に進めば三重県境の鈴鹿山脈に抜けるという位置関係で、東に山地、南東から北西に伸びる扇状地、そして西に琵琶湖岸に至る平地に大分される。
ワイナリーがある東近江市永源寺地区は、特に紅葉が有名で、四季を通じて豊かな自然が楽しめる場所だ。
ワイナリーがオープンしたのは1991年。今年で31年目を迎える。

赤屋根と壁にツタが覆う素敵な雰囲気のワイナリー。青空に映える! ▲ 赤屋根と壁にツタが覆う素敵な雰囲気のワイナリー。青空に映える!

「ヒトミワイナリーのお客さんの大半はワインが飲めない人です。」

衝撃的なこの一言からインタビューがスタートした。
2014年にヒトミワイナリーに入社された、栗田さんの言葉だ。栗田さんはJSA認定ソムリエ、ANSA認定ワインコーディネーターの資格をお持ちだが、元々ワインが大嫌いだったと言うのだから驚きだ。前職の飲食店で提供するお酒のラインナップを選ぶ中、これも元々嫌いだったというビールの勉強をし始めたら、酵母の香りや旨味が感じられるベルギービールの美味しさに目覚めたという。日本酒でも深い味わいの純米生酛や山廃が好み。

「いいものを見つけてお客様に届けたい!」という気持ちが強くなったという。

その後、ワインの勉強を始め、嫌いなワインでもいくつか飲めると思えるワインが出てきた。そして、日本のワイナリーを巡る中でヒトミワイナリーに出会い、その味わいと美味しさにノックアウトされ、通い詰めたそうだ。


惚れ込んだら一直線…仕事を辞めてヒトミワイナリーの門戸を叩いた。ポストがないと一度は断られたが、諦めずに待っていたら、しばらくして店長のポストを譲り受けたそうだ。猪突猛進という言葉がぴったりの度胸と行動力に、目が点になった。

ヒトミワイナリーが大好きという気持ちが溢れる栗田さん。 ▲ ヒトミワイナリーが大好きという気持ちが溢れる栗田さん。

栗田さんは言う。

「日本酒や焼酎でも惚れ込んだ先はあるが、産業のすそ野が広く、好きな蔵元が数件倒産したとしても、まだ自分が飲みたいと思えるものはいくつかある。けれど、ヒトミワイナリーがいなくなったら、自分が美味しいと思えるワインが飲めなくなってしまうと思った。」

このワイナリーが存続する一助になりたい…純粋な願いだった。
「大手が流通する、一般的なワインが飲めないと思っている人の考えを覆したい」と言う。
ヒトミワイナリーのワインならきっと美味しいと思ってもらえるはずだから。

一般的ではない=不味い、ではない。
一般的でなくても美味しいものは美味しいのだから。こういう思いを日々お客様に伝えているという。

始まりは地元にワイン文化の素晴らしさを伝えたいという熱い思いから

時計の針を巻き戻そう。

ヒトミワイナリーの誕生はとても興味深い。創設者の図師禮三(ズシレイゾウ)氏は、もともとアパレルメーカーである日登美(ヒトミ)株式会社の社長だった。アパレル関連の仕事でフランスに行く機会も多く、ワインやパンの虜になった。また、陶芸を始めとする美術品も収集した。ワインもパンも美術品も、全ては日々の暮らしに彩りを与えるものとして魅了されたのだ。

創設者がアパレル関連の会社の社長だったということもあり、ワイナリー内には服飾系のグッズも販売されている。 ▲ 創設者がアパレル関連の会社の社長だったということもあり、ワイナリー内には服飾系のグッズも販売されている。

図師氏のすごいところは、自分だけオイシイ思いをすることに満足しなかったことだ。自分がいいと思ったものは周りの人に惜しみなく還元する。地元の人にワインやパン、民芸品や美術品といった美しいもの、美味しいものを味わってもらいたい。こういった文化を地元にも根付かせたい。熱い思いを胸に、60歳を機に、自身の故郷である永源寺地区に自社農園のブドウ畑とワイナリーを設立。ワイナリーの横にはパン屋と美術館が併設されており、海外のワイナリーに訪れたかのような雰囲気が味わえる。アットホームで落ち着く上に、なんだかオシャレ。いい塩梅の心地よい空間だ。

ワイナリーには日々の暮らしを彩る食器類が展示されている他、美術館も併設されている。 また、隣にはパン屋さんがあり、焼き立てのパンのいい匂いが漂ってくる。お腹がすくなあ。。。
▲ ワイナリーには日々の暮らしを彩る食器類が展示されている他、美術館も併設されている。また、隣にはパン屋さんがあり、焼き立てのパンのいい匂いが漂ってくる。
お腹がすくなあ。。。

全てが揃っていないからこそInnovativeになれる

ヒトミワイナリーの目の前はブドウ畑ではなく田園風景が広がっており、決してワイン用ブドウを育てるのにベストな気候環境とは言えない。夏は非常に暑い。大雨や台風の被害も受ける(実際にブドウの木が倒れたこともあるそうだ)。水はけがいいとは言えない、等々。創業者が、地元の人に日常にワインがある生活の豊さを味わってもらいたいという思いで建てられたワイナリーということもあり、栽培環境という面では制限があるのは事実だ。

しかし、そのような制限があっても美味しいものが造られている。なぜだろう。

ワイナリーの目の前は田んぼ。なかなか珍しい組み合わせだ! ▲ ワイナリーの目の前は田んぼ。なかなか珍しい組み合わせだ!

全ての基本、土作り

もうすぐ草刈りが始まるという畑。足元には多種多様な植物が育っている。 ▲ もうすぐ草刈りが始まるという畑。足元には多種多様な植物が育っている。

2017年に自社畑ができた。今、畑にはマスカット・ベイリーA、メルロー、シラー、カベルネ・サントリー、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランが植えられている。

美味しいワインを造る上で欠かせないのは、長期的な視野に立った健全な土作り。多種多様な植物が育つ環境を第一に考えている。その為、畑では化学合成農薬及び化学肥料、除草剤等は一切使わず、ボルドー液(硫酸銅と消石灰でできた殺菌剤)の散布も使用頻度を極力抑え、環境への負荷を極力抑えることを徹底している。結果、畑は沢山の虫や雑草が集まる場所となっている。

いいことばかりではない。
特に虫の被害は深刻だ。2020年に発生したコウモリガの被害は酷く、樹齢40年のマスカット・ベイリーAを失ってしまったそうだ。化学合成農薬を使っていたら古木を生かすことはできていたかもしれない。しかし、そうすると、自分達が美味しいと思うワイン造りからはかけ離れてしまう。与えられた環境下で、最高の品質を目指す。時には過酷な選択を強いられることもある。

「無農薬」、「有機栽培」という言葉。響きはいいが、頻繁な草刈りやブドウの木の管理等、多くの時間を費やす必要がある。ニンニクの抽出液を使ったり手で駆除したりと、虫の対策も必須だそうだ。手間暇はかかるが、健全な土から生まれるブドウを使ったワインは美味しい。その確信がワイナリーのメンバーを突き動かしている。

風土にあった品種選び

滋賀県の夏は非常に暑い。
同じシャルドネでも、青りんごや柑橘系といった冷涼な地域で栽培されたものが持つ香りではなく、温暖な地域独特のパッションフルーツやパイナップルといったトロピカル・フルーツを思わせる香りが出る。温暖な地域で栽培する際に重要になってくるのが、果実のアロマやタンニンと酸味のバランスだ。ブドウが色付き、成熟が進むと糖度は上がり、酸味が下がる。一方、果実のアロマやタンニンは成熟期にじっくりと醸成される。寒暖差のない温暖な地域では糖度が上がって酸味が下がるタイミングが比較的早くに訪れるが、その時点では果実のアロマやタンニンが未発達ということが起こりがちなのだ。

ブドウが実を付け始めている。今年の収穫が今から待ち遠しい。 ▲ ブドウが実を付け始めている。今年の収穫が今から待ち遠しい。

そのような難しい環境下でヒトミワイナリーが注目しているのが、カベルネ・サントリーという品種だ。サントリーが、ブラック・クイーンとカベルネ・ソーヴィニョンを掛け合わせて作った品種で、酸持ちが良いという特徴がある。この品種が、温暖な滋賀の気候とマッチするということで、自社農園で収穫(=仏語:recolte)したブドウを使ったワインとして販売している「Recolte」シリーズで頻繁に使われる品種となっている。カベルネ・サントリーが商品化されているのはヒトミワイナリーのみとのことで、是非とも一度味わいたい一本だ。

計画よりも実物で判断

自社農園のブドウもあるが、ヒトミワイナリーが造るワインの8-9割は、山形、山梨、岩手、滋賀等の農家から買うブドウで造られている。そこで問題になるのが、選果だ。こういうブドウを作ってほしいと伝えることはできるが、契約農家のみならず、組合のブドウを仕入れることもあり、やはりどうしても、買いブドウの選果管理は難しい。

ブドウの収量のみならず、ブドウの糖度や酸度等の味わいも毎年変わるので、計画通りの仕込みが行われるとは限らない。ブドウが手元に届いて、状態を見て、食べてみて、醸造家が計画とは異なる仕込みの方がよいと判断すれば変えていくそうだ。このあたりは大手のワイナリーではできない柔軟な対応だ。計画はあくまで計画。届くブドウの個性を活かすことが、美味しいワインに繋がる。こういった姿勢がひしひしと伝わってくる。

尚、届いたブドウは収穫かご毎に管理するそうだ。契約農家の名前を付したワインを造ることもあるが、多くは仕上がりに応じてブレンドし、ヒトミワイナリーの味わいを実現している。

ブレンドの妙だ。

ブドウが届いてから、どういうスタイルでワインを仕込むか決めるという。ラベルもポップで色使いも素敵だ。 ▲ ブドウが届いてから、どういうスタイルでワインを仕込むか決めるという。ラベルもポップで色使いも素敵だ。

与えられた環境の中で、ベストを尽くす。
往々にして、隣の芝は青く見えてしまう。そして、自分にないものばかり気になって負の連鎖に陥ってしまう。けれども、栗田さんを始めとするヒトミワイナリーのメンバーは、そんなことを気にしない。自分達が持つものに光を当て、いいところにフォーカスし、自分達が思う「美味しい」を磨くのだ。理想だけを並べるのではなく、現実問題からも目を逸らさない。悲観的になるのではなく、問題をポジティブな挑戦と捉え直して向き合っていく。
そういう姿勢から生まれたワインだからこそ、人の心を掴むワインが生まれているのだろう。

変化を恐れないからこそ進化できる

ヒトミワイナリーのワインと言えば、「100%国産のブドウ」からできた「にごりワイン」だ。
創業当時からこのスタイルだったかというと、そういう訳ではない。自分達が思う「美味しい」を追求する過程で行った様々な試行錯誤や英断によって、今のスタイルに行き着いたのだ。

国産のブドウのみを使う

2018年10月、「日本ワイン法」が施行され、国産ブドウを使って国内で製造されたワインのみが「日本ワイン」と名乗れるようになった(海外のブドウや果汁を使って国内生産されたものは「国産ワイン」という)。ヒトミワイナリーもそのタイミングでスタイルを変えたのかと思ったら大間違い。それよりも前の2012年にそう決断しているのだ。当時、国産と謳われたワインのうち、国内原料を用いているのは2割に満たない程度だったと言う。なぜ、そのタイミングでそのような決断をしたのだろう。


前述の通り、ヒトミワイナリーでは届いたブドウを見て、香りと味わいを確かめてから、そのブドウが活きるスタイルで醸造を行う。ブドウを大切に考えているからこそ、農家に足を運び、その土地の風土や農家の愛情を感じるブドウを原料にしたいという思いに突き動かされたようだ。

また、これまでは県外のブドウを原料にワインを造ることも多かったが、近年は、県内の近隣の農家のブドウを原料にワインを造ることが増えてきた。その土地、その季節に収穫した物を食べるのが身体に良いという考え方に基づき、「身土不二(しんどふに)」という名で発売されている。県内の近隣の農家からの仕入れの場合、ベストなタイミングでの収穫をお願いすることができるというメリットもある。
ブドウへの愛を感じる話である。

野生酵母を使った100%にごりワイン

ワイナリー入り口にも「にごりワイン」の文字が。 ▲ ワイナリー入り口にも「にごりワイン」の文字が。

2006年、
ヒトミワイナリーの製造するワインは全て、濾過しない「にごりワイン」になった。16年前の当時では珍しいにごりワイン専門のワイナリーだ。

この濁りの正体は、食物繊維や酵母なのだが、通常、ワインはこれらを濾過して取り除き、雑味のない味わいを作り上げていく。雑味はなくなるが、独特の香りや複雑さは減っていく。ワイナリー設立当初は一般的なワインを造っていたが、納得できる出来栄えではなかった。試行錯誤を繰り返す中、濾過する前のにごりワインをお客様に試してもらったところ反響が大きく、にごりワインのみを提供するスタイルに会社の舵を切ったという。

発酵の際に使う酵母は、野生酵母のみ。多くの一般的なワインは培養酵母を使って発酵されている。その方が安定的に発酵を促すことができる為、発酵管理がしやすいのだ。野生酵母は、その土地や蔵に存在する酵母なので、その場所ならではの風味を醸し出すことは可能だが、発酵は安定し難い。蔵の酵母を殺さない為の衛生管理、温度調整や酸素量の調整等、手間暇がかかるのだ。

製造過程で亜硫酸は加えない

ヒトミワイナリーではワイン製造過程で亜硫酸を極力加えない。亜硫酸は、酸化防止と殺菌効果があるので、ワイン醸造に於いて切っても切れない関係にあるのだが、多量に使うとワインの色が脱色したり、果実の風味が薄れたりするというデメリットがあり、近年では使用量を抑えるワイナリーも増えてきた。人体への影響はほとんどないと言われているが、アレルギーや喘息持ちの方には注意が必要な物質でもある。

では、ヒトミワイナリーでは、どうしているのか?例えば、ブドウの酸化を抑える為に、ブドウ収穫時の畑での丁寧な選果を徹底している(果汁が流れると酸化しやすい)。発酵期間中は酵母が活発に活動するよう酸素を入れてゆっくり酸化させるが、熟成の段階では、タンクにガスを入れて酸化を抑えつつ、酵母の澱から出る成分を抽出するような管理を行っている。最近は、亜硫酸の風味を更に抑える為に、熟成樽の洗浄に硫黄を使う際も様々な工夫をして注意を払っている。衛生面でも今までより格段に良くなっているとのこと。亜硫酸対応と一言で片付けられない。一つ一つの工程に多くの人の手が使われているし、更なる高みを目指して、醸造過程の変更を大胆に行う。ここまで徹底して向き合う姿勢には脱帽せざるを得ない。

ワイナリー限定のワイン。「万人受けせず、苦手な方も多いと思います」や、「※贈り物、お土産にはしないで下さい。」という文字が赤字&青線で記載されている。すごく正直な言葉に驚いてしまう。 ▲ ワイナリー限定のワイン。「万人受けせず、苦手な方も多いと思います」や、「※贈り物、お土産にはしないで下さい。」という文字が赤字&青線で記載されている。すごく正直な言葉に驚いてしまう。

定説とされているものを鵜呑みにしない。
やってみて違うと思ったら、自分達の思う方向に進む。たとえ、それによって作業工程が増えたとしても。こういう「攻め」の姿勢から生まれるワインの中には、一般的な市場には出せないと判断するワインもある。しかし、不味い訳ではない。一般的なワインのスタイルと異なるだけだ。こういったワインはワイナリー限定で販売されている。ぜひワイナリーに足を運んで試して頂きたい!

ピュアな異端児

ヒトミワイナリーもそうだし、ヒトミワイナリーについて語る栗田さんもそう。
インタビューを通じて感じるのは、「ピュアな異端児」という印象だ。
栗田さんは断言する。

自分に嘘をつきたくない。
好きなものを嫌いと言いたくないし、嫌いなものを好きと言いたくない。

こんな真直ぐなセリフをさらっと言ってしまうなんて眩しいなぁと思うと同時に、ヒトミワイナリーがやっていることは、正にこれだと思った。

「自分達が思う『美味しい』」は、一般的に世の中が提供する『ワインはかくあるべし』という姿からは離れているかもしれないけど、これ、美味しいと思いませんか?」という問いかけをしているのではないか、と。

栗田さんは、ヒトミワイナリーは「普通に美味しい」ワインを目指しているのだと言う。
但し、「一般的な」ワインと「普通に美味しい」ワインは違う、と。「一般的な」ワインはテレビやメディアで美味しいと謳われているワインで、「普通に美味しい」ワインは、特段突出しているものがあるわけではないが、万人が月並みに美味しいと感じるワインだという。自分達はワイン業界の異端児的な存在で、一般的なワインからかけ離れているから、今は分かる人に分かってもらえればそれでいい。だけど、ゆくゆくは一般的でなくても、飲んだら皆が「普通に美味しい」と思えるものを造りたい。難しくてもそこを目指すのだと。


地元の人達の暮らしに彩りを与えるものを提供したいという創業の精神が見えてくる。尖ったものを造って価格を釣り上げてしまっては、地元の人が日常的に愉しむワインではなくなってしまう。ちょっとしたハレの日や日々の生活に潤いを与えるために飲むものを提供したい。だから、「普通に美味しい」ワインなのだ。

「ワインはかくあるべし」という思い込みを捨てて、まずはヒトミワイナリーのワインを手に取ってみよう!
そういう気持ちがふつふつと湧いてきた。

栗田さん、ありがとうございました! ▲ 栗田さん、ありがとうございました!

Interviewer : 人見  /  Writer : 山本  /  Photographer : 吉永  /  訪問日 : 2022年5月18日

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