日本ワインコラム | 北海道・余市 ロウブロウ・クラフト
2022年10月にワイン醸造を始めたLowbrow Craft(ロウブロウ・クラフト)。北海道余市町で16軒目となる新しいワイナリーだ。通常、取材前に可能な限り情報収集するのだが、新しいワイナリーということもあり、ワイナリーの情報も取材相手の赤城さんの情報も限られていた。 その中で目を引いたのが、ワインのラベルと赤城さんの風貌。ワインラベルはロックな感じもするし、インダストリアルな感じもある。どことなくストリート・アートといった雰囲気がある。赤城さんは、長い髭と雑誌のストリート・スナップで選ばれそうなセンスの良さが印象的で、アーティストか?はたまたヨガ・インストラクターか?と思ってしまう(勝手な印象です)。どんな方がどんなワインを造っているのだろう?想像が膨らむ先である。
セレンディピティを楽しむ
今回取材した赤城さんは千葉県ご出身。2014年にご夫婦で北海道・余市町に移住された。やはりワイン造りを目指して、移住されたのだろうか?
「最初からワイナリーをするつもりで移住したわけではないんですよ。①北海道に住みたい、②農業がやりたい、③酒が好き、という3つの条件で探していたら、北海道でワインを造る会社があったので、夫婦でそこに就職した、というのがきっかけです。」
移住した時は、何が何でもワインに携わりたいというわけではなく、むしろビールが一番好きだったというのだから面白い。因みにキリンやサッポロが好きらしい。「念願の北海道だし、ブドウ栽培農家になれるし、ワインもビールと同じお酒だし、面白そうじゃないか」という気持ちで移住されたそう。「こうじゃなければいけない」という拘りがなく、何事も面白がれる柔軟さがある。赤城さんと話していると、何かをコントロールしようという気持ちが皆無なことに気付く。たまたま起こるセレンディピティ(素敵な偶然)を気負いなく楽しんでしまう人なのだ。
自分でやってみたい
その企業で4年間ブドウ栽培を続けていく中で、ワイン醸造にも関心を持つようになる。しかし、組織の一部である以上、ワイン造りの全ての工程を担当することは難しかった。また、企業には企業の論理があると理解しつつも、慣行農法を用い、量産を狙う手法に疑問を覚えるようにもなった。
「自分の考える方法で、ワイン造りの最初から最後まで一貫してやりたい」
「自分が造ったもので評価されたい」
ブドウ栽培を続けるなかで、この気持ちがじわじわと強くなっていく。
ドメーヌ・タカヒコの曽我氏との出会いも大きい。有機栽培されたブドウを用い、野生酵母で醸造された彼のワインの美味しさに感銘を受けた。また、彼が提唱する、農家による小規模なワイナリーというアイディアに心が惹かれた。ガレージ・ワイナリーのようでカッコいいし、頑張れば自分でもできるのではないか、という気持ちが湧いたと言う。ワイナリー経営が現実的になり、独立を決意する。
偶然を面白がり、フィルターのない気持ちで目の前の仕事に取り組むからこそ、次のステップが開けるのだろう。移住時には想像もしていなかったことに違いない。
山の力を感じる畑との出会い
ガレージ・ワイナリーという新しい目標ができた赤城さん。退職後の2019年に今の畑と出会う。元々リンゴが植わっていたそうだが、何年も耕作放棄されていたため、開墾は想像以上に重労働。しかも驚きなのが、同時期の2019年から3年間、ドメーヌ・タカヒコで研修を受けていたことだ。ドメーヌ・タカヒコでみっちり研修を受けつつ、同時並行して自分の畑の開墾やブドウ栽培を行ってきたというのだから、人の数倍働いていたに違いない。信じられない体力と精神力の持ち主だ。
人里離れた場所にある畑は、余市町登地区のはずれ、大登と呼ばれる位置にある。足を踏み入れた瞬間、余市町の他のブドウ畑と雰囲気が違うことがヒシヒシと感じられる。
山を背負った形で広がる畑は、南東向きの急斜面。西向きに植えられることが多い登地区では珍しい方角で、朝から太陽が燦燦と降り注ぐ最高の場所だ。そして、粘土質が多い余市町の中では珍しく、火山岩をベースとした土壌で水はけが非常に良い。開墾時、ユンボを使っても取りきれない程大きな石が転がっていたそうだ。山が近く冷涼な環境で、風も吹き抜ける。野性味さえ感じる、自然の力強さが溢れる場所だ。
自然な環境でのブドウ栽培
最高の環境ではあるが、もちろん苦労もある。山が近いということは野生動物の存在も近い。鹿、熊、ウサギ、タヌキ等の獣害もある。特に、若木は幹がまだ細く、獣害に遭うと一たまりもない。最初は電柵をしていたが、賢い動物は電柵をくぐって中に入ってくる。そこで今は、ぐるりと畑を囲う形でネットを張り巡らせた。景観は悪くなったが、効果はあり、獣害の被害がなくなったそうだ。
陽当たりが良いのはいいが、20度程の傾斜のある急斜面!飛行機の離陸時で約15度の傾斜と言われているので、それ以上。かなりの急斜面だと分かって頂けるだろう。なので、作業はもっぱら手作業。機械といえるものは、ボルドー液(有機の薬)を散布する際のスプレーヤーくらいだ。
ブドウは除草剤なし、化学農薬、化学肥料なしの有機栽培で育てられている。開墾時にまず植えたのは、ピノ・グリ。そして翌年にはツヴァイゲルトレーベを植えた。それぞれ1haずつ植栽されている。なぜこの2品種なのだろう?
黒ブドウのツヴァイゲルトレーベは昔から余市町で栽培されてきた優良ブドウで、赤城さん自身も好きな品種。新規就農者はピノ・ノワールやシャルドネを好んで栽培する傾向にあるが、この伝統品種を残していきたいという気持ちから選んだそう。また、ツヴァイゲルトレーベはピノ・ノワールよりも栽培が難しいと言われており、自分へのチャレンジという側面もあるとのこと。敢えてのツヴァイゲルトレーベという訳だ。伝統を重んじ、自分への挑戦も忘れない…大人だからこそできる選択が渋い!!
余市での人気栽培品種となりつつあるピノ・ノワールは選ばなかったが、ピノ系は育ててみたいと考え、白品種はピノ・グリの栽培に決めた。その他に、白ブドウのピノ・ブランとゲヴェルツトラミネール、黒ブドウのブラウフレンキッシュを試験的に栽培しているそう。成長次第では、ラインナップに加わるのだろう。楽しみだ。
レストランに隣接するワイナリー
畑から車で数分の距離にあるのが、2022年10月にオープンしたワイナリーだ。余市産の食材を使ったイタリアンの名店として有名な「余市SAGRA」の隣に位置する。元々は畑の近くにワイナリーを建てることを検討していたが、SAGRAの村井氏から声がかかり、「地元のレストラン×ブドウ農家」という新しい形態でのワイナリー運営に舵を切ったそうだ。目の前に起こるセレンディピティをポジティブに捉えられる赤城さんらしい選択だ。きっと赤城さんのフラットで実直なお人柄があるからこそ、声がかかったのだろう。独立を決めてから、扉がどんどん開く様子が目に浮かぶ。
2019年の就農からトントン拍子でワイナリー設立となった赤城さん。ちょうど3年目を迎えたピノ・グリが初収穫を迎えるタイミングで自家醸造が可能となったのだ。御の字と言いたいところだが、その裏では、かなり目の回る忙しさだったようだ。
まず、ウクライナ戦争の影響で船便が大幅に遅れ、プレス機がなかなか到着しなくてヤキモキしたそうだ。漸くプレス機が届き、醸造免許を取得できたのが10月5日。9月末から10月頭にはピノ・グリの初収穫があり(約2トン)、免許取得と同時に仕込みを開始したと言う。収穫と醸造をたった1人で並行して行ったそう。しかも自社ブドウだけでなく、近隣農家からの買いブドウの仕込みも同時に行っていたというのだから、信じられない。なんと綱渡りな…聞いているだけで頭がクラクラしてくる。
ワイナリー内で目についたのはステンレスタンク。現在、買いブドウのケルナーが眠っているという。因みに、ケルナー以外の買いブドウ品種は、ピノ・グリ、ピノ・ノワール、ツヴァイゲルトレーベ、ナイアガラ、旅路。ステンレスタンクを使用しているのには理由がある。元々はフランス製の古樽を購入したいと考えていたが、不作故か出回っておらず、新樽を購入せざるをえなかった。しかし、ワインに強い樽香は付けたくない。そこで、ステンレスタンクと新樽の両方を使って熟成させ、最後にアッサンブラージュして丁度良い塩梅に仕上げるという手法を取っているそう。予期せぬステンレスタンクの購入ではあったが、実際に使ってみるとワインの仕上がりがいい。それに積み重ねて保管できるので、面積が限られる小規模ワイナリーにとっては非常に有難い代物だと気付いたそう。怪我の功名というか、思い切ってトライしたからこその気付きというやつだろう。
皆が楽しめるワインを目指して
赤城さんの口ぶりは丁寧で控えめなのだけど、硬い印象が全くない。非常に自然体なので、話していて心地がいいのだ。そんな赤城さんが目指すワインも自然体。有機栽培されたブドウを用いて、野生酵母で発酵させたり、亜硫酸等の添加物を使用しなかったりという、ブドウ栽培・ワイン醸造のスタイルのことだけを言っているのではない。奇をてらわない、日常的に楽しむワインを造りたいという、赤城さんの生き方そのものが自然体なのだ。
ワイナリーの名前にある「Lowbrow(ロウブロウ)」とは、「大衆的」、「低俗」といった、若干侮辱的な意味合いを持つ言葉ではあるが、1970年代後半にアメリカで生まれた「Lowbrow Art(ロウブロウ・アート)」の動きに関連する言葉でもある。つまり、富裕層だけが楽しむものだとされていたアートを解放し、高貴なア―トと対照的な、無教養でも楽しめる大衆向けのアートという、ストリート・カルチャー的な意味合いも含むのだ。赤城さんはこの「ロウブロウ・アート」のファンで、ご自身の造るワインも庶民的で、難しいことは考えずに、皆が日常的に楽しめるワインにしたい、という想いが込められている。
やもするとウンチクを語り、頭でっかちになってしまうワインラバー。それはそれでいいのだけど、もっと気負わずに楽しむワインがあってもいい。気軽にゴクゴク喉を鳴らして飲んで、思わず「うんまー!」と声が出てしまう。それが赤城さんの目指す「ロウブロウ」なワインだ。
一度、頭を空っぽにして、仲間とワイワイ楽しんでみませんか?
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