日本ワインコラム | ラフェト・デ・ヴィニュロン・ア・ヨイチ 2022
「400枚のチケットが3分で完売!」と聞いたら、どこぞの人気アーティストのイベントか!?と思うだろう。が、そうではない。北海道余市町登地区を中心とするワイン・ブドウ園を巡る農園開放祭「ラ・フェト・デ・ヴィニュロン・ア・ヨイチ2022」のチケット販売の記録だ。2015年から開催しているイベントで、コロナの影響で開催見送りが続いてきたが、今回、満を持して3年ぶりの開催となった。約30のヴィンヤードとワイナリーが1日限定で農園を開放し、人気のワインや限定物のワイン等を提供する。参加者は、生産者と直接話をしたり、畑や農園を歩きながら色んな種類のワインを試飲したりできるので、涎もののイベントなのだ。
のぼりが見えてくると「おぉー。来た~!」という気持ちが高まる。
急成長を遂げた余市町のワイン産業
こんなイベントが開催されるような地域なのだから、古くからワイン産業が盛んな土地と思われるかもしれないが、余市町で本格的にワイン用ブドウ栽培が始まったのは1983年。40年弱と歴史は浅い。北海道は北緯41-45度に位置し、ご存知の通り、冬は寒く雪深い。しかし、余市町は道内でも比較的温暖な気候で、古くから果樹栽培が盛んな場所だった。今回、イベントに参加していたヴィンヤードの中には、ワイン用ブドウのみならず、生食用ブドウやリンゴ、さくらんぼ、プルーン等を栽培しているところも沢山ある。イベントでは、ワインの他に、食べ物や果物を販売するブースも出展されていた。販売されていたプルーンを食べてみたのだが、本当に美味しくて、仰天ものだった!しっかり熟した果実はみずみずしさを残しつつ、凝縮された甘味が最高なのだ。今までのプルーンのイメージを超える甘味と凝縮感。恐るべし余市・・・
さて、ワイン用ブドウが栽培されるきっかけとなったのは、当時栽培の主流だったリンゴ価格の大暴落という、やむにやまれぬ理由からだ。このままでは路頭に迷う・・・という危機感から、何人かの農家が勝負に出たという。生食用ブドウの栽培経験を持つ農家もいるが、ワイン用ブドウ栽培の経験はゼロ。一つ一つ手探りで栽培方法を模索し、産地として育て上げていったのだ。今では、ワイン用ブドウの栽培農家は50軒以上、ワイナリーは余市町と隣の仁木町と合わせて20軒まで増えた。この成長ぶりは数値で見てみると圧巻だ。日本全国のワイン用ブドウ栽培面積で北海道の占める割合は37%、うち余市町が道内の31%を占めトップ。収穫量も北海道は全国の28%を占めるが、うち余市町は道内の48%を占めトップ。まさに、「北海道はでっかいどう」な規模感であり、余市町はその中で彗星如く現れたキラリと輝く産地なのだ。栽培されているのは、寒冷地向けの品種中心で、ケルナー、ツヴァイゲルトレーベ、ミュラー・トゥルガウといったドイツ系やオーストリア系の品種が多いが、ピノ・ノワールやピノ・グリ、ソーヴィニョン・ブランといった品種の栽培も増えてきている。温暖化の影響もあり、ピノ・ノワールの熟度も上がり、メルロまで育つようになってきているらしい。
最高の景色に包まれて
9月4日(日)、イベント開催日の余市町は最高の天気だった。この時期の東京は、秋の気配を少し感じつつも日差しは強く、まとわりつく湿度で汗がたらぁーと流れる。しかし、この日の余市町はからっとした晴天。湿度も低く、日向を歩くと暑さを感じるが、木陰に入れば涼しい。同じ日本とは思えない程だ。
実は、話を聞いていると、過去には嵐のような大雨だったり、本州よりも暑い35℃以上の炎天下だったり、過酷な環境下での開催が続いていたそうだ。なので、主催者やヴィンヤード・ワイナリーの皆さんが、今年の天気こそが本来の余市の姿なのだ、と口を揃えて仰っていたのが印象的だ。こんな日に参加できたのは、日頃の行いが良いからだと信じたい(笑)。
さて、今回、イベントが開催された一帯は、町に流れる余市川の右岸側にある余市町登地区。積丹半島の付け根にあたる場所に位置する。ブドウ畑がなだらかな丘陵地に広がり、畑からは余市湾と余市町のシンボル的存在のシリパ岬(シリパとはアイヌ語で、sir=山、pa=頭の意味)が見渡せる。紺碧の空の下に広がる畑の緑、そして、その奥には「積丹ブルー」と呼ばれる息を呑む美しさの青い海・・・視界を遮るものがなく、パノラマ・ビューを堪能できるのだ。そして、心地よい風が常に畑を通り抜け、ブドウの葉をゆらゆらと揺らす。あと1ヶ月半程で収穫を迎えるブドウは美しく色付き、ワインになる前から美味しいワインになるに違いないと確信させてくれる。
マップを見て頂くと、個々のワイナリーやヴィンヤードが隣接しているのがお分かりになるだろう。コンパクトに纏まっているので、周りやすいのが嬉しい。
直線距離にすると2km強程度。脇道に逸れたとしても往復で-5-6㎞程度なので、ゴルフでカートを使って1ラウンドする時に歩く距離と同じくらいではないだろうか。
ゴルフは健康に良いとよく聞くが、ワイナリー巡りもそういう意味では健康的である
(飲みすぎなければ・・・)。
今回参加したワイナリーの中には、読者もよくご存知の先もあるだろう。ブドウ畑を横目に、改めてこれら生産者のワインを堪能するもよし。今まで知らなかったワイナリーを発見するのも楽しい。また、イベントに参加されたヴィンヤードの存在にも注目したい。ワイン用ブドウの栽培を行うヴィンヤードは、複数のワイナリーにブドウを提供しているところもあり、ブースでは異なるワイナリーのワインが提供されていた。
どのワイナリーがどのヴィンヤードの何のブドウを使っているのかを知っておくと、ワインの楽しみ方に幅が生まれるし、同じヴィンヤードのブドウでもワイナリー毎に味わいが異なるので、その違いを比べてみるのも面白い。一つのワインをじっくり飲むのも勿論最高なのだが、複数のワインを比較することで香りや味わいの奥深さに気付いたり、好みの味わいの再発見に繋がったりする。しかも、色んな人が参加しているので、仲間内だけでなく、イベント参加者全員と「ワイン」、「ブドウ」という共通項で話ができるのが何よりも楽しい。
どう周るかは皆さんの腕次第
イベント参加前、一緒に行ったメンバー間でどういう順路で行くべきかを話し合った。〇〇に人が集まるだろうから、✕✕に先に行った方がゆっくり生産者と話ができるのではないか。ご飯は△△辺りで食べるのがいいのではないか、等々。
そこで決めたのは、まずはスタート地点から一番遠いところまで歩いて行き、帰りながらワインを楽しもうという計画。しかし、この計画はものの数分で崩れることになる。そもそも、美味しそうなワインが目の前にあるというのに、禁欲的に歩き続けるなんてことはできるはずもないのだ。
結局、スタート地点から歩きながら、ブースを見つけては立ち止まり、ワインを愉しむことになった。
そして、買い食いもする。予定は未定である。
生産者と話してみたり、他の参加者とどこに行くべきか情報交換をしてみたり、知り合いと会って「こんなところで!」と驚いてみたり。楽しい発見が沢山あるのがイベントの良いところだ。我々と違って、しっかりと計画を立てている参加者は、お弁当屋さんにランチを事前予約したり、レジャーシート持参で、ゆったり景色とワインを堪能したり・・・正しい計画とはこういうことを言うようである。
中にはボルドーのメドック・マラソンに参加しているかのように、ブース間を走り抜けるツワモノの姿も。ちゃんとランニングの恰好をして、男女4人組で走る姿は爽やかそのもの。酔いが回らないのか・・・お腹が痛くならないのか・・・と少々心配してしまったが、これはお祭りなのだ。酔っぱらって人に迷惑をかけるのはNGだが、楽しみ方は自由!是非、読者のみなさんには来年の構想を今からじっくり練って頂きたい。
ワインは人と人を繋げるもの
イベントに参加してみて、改めて思ったことがある。ワインは面白い。単純だけど、そうなのだ。
では、なぜ面白いのか?
きっとそれは、ワインの多面性・多様性にあると思う。ワインはリベラル・アーツ(教養)だとよく言われるが、まさにその通りで、歴史、地理、環境、農業、醸造、文化、アート、経済、政治etc…様々な要素が密接に絡まって出来上がる。そして、その中心で動き回るのが人。ブドウを栽培する人、ワインに仕上げる人、これらの人をサポートする仕組みを作る人、ワインを流通させる人、消費者に届ける人、飲む人。一人一人の行動が重層的に重なり、産業化され、文化となり、歴史に組み込まれていくのだろう。
イベントに参加すると、生産者の顔を見ることもできるし、生産者をサポートする側の努力も見て取れる。実際に畑に立つと地理、気候、環境を肌で感じることができる。農業や醸造の一場面を目の当たりにできる。沢山のワインボトルのラベルが並ぶ様子は、美術館で飾られる絵のようでもある。そして、イベントに参加するということがワイン文化形成の一助にもなっているし、長~い目でみれば余市ワインの歴史の1ページに参加したことになるのだ。なんて壮大!
こんな小難しい話を抜きにしても、是非一度足を運んでみて頂きたい。畑から見える景色は絶景だし、この環境で飲むワインは最高としか言いようがない。海産物も野菜も果物も文句なしに美味しい。行ってみると、よりワインが好きになるし、余市という場所がより近く感じるだろう。イベントの楽しみ方は千差万別。
自分の好きなように生産者を周ってみて、飲んでみて、感じてみればいいのだ。
肩肘張らず、気軽に楽しんでみてもらいたい。
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