日本ワインコラム |北海道・余市 ドメーヌ・モン / vol.2 ----- 訪問日:2021年7月20日
昨年訪問した際に建設中とのことであった貯蔵庫(樽庫)。中には木樽が3段に積まれ、ドメーヌ自体が昨年よりワイナリー的雰囲気濃く纏うことに一役買っているように思われる。だが、当貯蔵庫は「ワイナリーっぽさ」のために建設されたわけではない。 当たり前だ。
樽庫が出来た事によって、作業スペースが増えて、大分やり易くなりました。買い葡萄も色々と試しに造れるようになったので色々とやってみたいですね。今年はシャルドネもやってみようかな、と思っています、多分1樽出来るかどうか、位の量ですけど。
今までは「モンペ」、「モンシー」、「カストゥグラン」、「ドングリ」の4銘柄のみのリリースであったが、醸造蔵の隣に熟成庫(樽庫)が完成したことで、新たなラインナップを追加することが可能となった。2020年からは買い葡萄を増やし、今までにない品種を山中さんのスタイルで醸造している。新たな葡萄品種には、メルロー、ピノノワールという意外な顔触れがチョイスされている。
「メルローは晩熟なので11月上旬くらいの収穫になるのですが、それは農家さんにとっては、収穫時期が主要な品種とずれるため、ありがたいことなんです。北海道でもメルローが熟すようであれば、植えてみたいという方は多くいらっしゃって、試験区画のような形で植樹されているんです。一方、収穫量が1列、2列だと大手さんには売れない(350~500キロ)ので、そういう葡萄を見つけて買っています。」
メルローを使ったワインの名前は『モンロー』。
まさか、『マリリン・メルロー』への対抗馬が日本で生まれるとは思いもしなかった。冷涼産地の葡萄らしく、清涼感のあるハーブっぽいニュアンスを持つメルローであるため、軽やかな飲み口に仕上げられているピノノワールについても試験的に植えられている葡萄を購入した。病気に弱く収量も少ないため栽培農家にとっては、手を出しにくい品種であるピノノワール。 今年から仕込みを手掛けるのは、その中でも余市で栽培の実績がある、バラ房で比較的病気になりにくいクローンだ。
これは3年目のピノノワールなのですが、スイス系のマリアフェルダーというクローンで、実が少し大きいんです。余市産です。まともにピノノワールらしさで勝負するよりは、プールサールをイメージして余韻と旨味を出した方が良いかなと。酸度も高いんですよね。商品名は未だ決まっていません。
確かに、ジュラ系の品種を思わせる淡い果実味とややスモーキーなニュアンス、ピノノワールの王道たるスタイルではないが、余市らしい旨味のある味わいに仕上がっている。また、昨年から通常販売はされない商品の生産も手がけている。2020年12月にリリースされた「ドメーヌ・タカヒコ一門セット」というふるさと納税限定商品。
ドメーヌ・タカヒコ「ナカイ・ブラン 2018」、山田堂「ヨイチ・ロゼ ピノノワール2020」、ドメーヌ・モン「モンケルン 2020」のセットという愛好家垂涎の衝撃的な内容は、文字通り瞬く間に完売した。
「もともと曽我さんが、ふるさと納税にワインを1000本位出す事が決まっていました。曽我さんはもともと地元に貢献していく事に積極的で、それに協力するようなかたちでの出品となりました。」
そんな引く手数多のふるさと納税に、今年も山中さんは限定商品を出品予定だ。
今年のふるさと納税用のワインで、ドメーヌ・タカヒコ、ランセッカ、あとうちの3ワイナリーから同じ畑のソーヴィニヨンブランを使ったワインがセットになる予定です。相馬さんという農家の方のソーヴィニヨンブランなので、『ソウマニヨンブラン』という名称にしたところ、曽我さんが気に入って、結局3ワイナリーともにこの名称でワインを出すことになりました。
『ソウマニヨンブラン』という名称は確かにカッコいい。もし私が相馬さんだったら大変光栄なことだと思う。どちらかというとロワールのソーヴィニヨンブランをイメージしたというこちらのワインは、新鮮なグリーンの香りの中に、パッションフルーツのような果実味が光り、全体としてふわりと広がりのある質感に仕上げられている。
さらに、今年初収穫を迎える2018年に植樹をした自根のピノグリも、将来新しく加わるであろうラインナップの一つだ。副梢や花振るいが出やすく収量の面では繊細な特性を持っている自根の圃場だが、非常に小さい果実が結実するとのことで、その味わいには山中さん自身大きな期待を寄せている。
今年のヴィンテージで可能かどうかはわかりませんが、来年くらいには自根の圃場のピノグリのみを使ったキュヴェを作りたいと思っています。
自社圃場の収量の増加、買い葡萄の増量と、様々な可能性の扉を開き進んでいる山中さん。昨年同様、落ち着きのある朗らかな笑顔でお迎えくださったが、新たな試みにエキサイトしているようにも感じられた。
我々にとっても山中さんのスタイルで作られた、さらなる多様な葡萄品種を味わえるのは非常に喜ばしいことで、今からリリースが待ちきれず、半ば興奮気味なのである。最後にこんなアドヴァンスを見せてくれたものに御礼申し上げる。ありがとう、樽庫。
日本ワインコラム 北海道・余市 ドメーヌ・モン / vol.1 ----- 訪問日:2020年9月8日
「人にやさしく、自分にもっとやさしく」
早稲田大学卒業、スノーボードのインストラクター、ワイン生産者と、アクロバティックな転身を成し遂げてきた山中敦生さんのモットーだ。優しい声色や、朗らかな笑顔、数多の駄洒落から「ユルい」雰囲気を全身に纏う山中さん。2016年に自身のドメーヌを設立した、謂わば新人である彼は、確固たる一流の脱力を軸にワイン造りに取り組んでいる。
北海道余市登町。
長く果樹栽培の歴史を持ち、ワインの新興産地としても注目が集まる土地だ。海沿いの中心街から内陸へ向かう国道を、小さな谷間に沿った脇道へ逸れ、鬱蒼と視界を遮る雑木林が途切れ景色が開けた先に、ドメーヌ・モンはある。そこだけ切り取ればヨーロッパのワイン産地のようにも見える景勝だ。元々は15年ものあいだ手つかずで、暗い森林と化していた3haの耕作放棄地。山中さんは、チェーンソー一本で、そんな土地を陽の光にあふれる葡萄畑へと造り替えた。
ドメーヌは日本海を望む緩やかな谷の中に位置しています。 日本海に面しているため、霜害が少なく生産量の安定を見込めるのが魅力です。 内陸部から南西の風、日本海からの北風が、この谷間を吹き抜けるので風通しもよく病果も少ないのです。
殆ど真東を向いている斜面上に自社畑は広がる。 少量のボルドー液を除いて、殺虫剤、除草剤などは一切使われない。 涼しい風が吹き抜ける一方で、10度程の斜度を持ち、力強い日差しを浴びる地表はとても暖かい。
単純に日当たりの良いという点でも優れているのですが、この周辺では朝露が出て、それが病気のもとになりやすい。この土地は日昇時からしっかりと畑の温度が上がるので、朝露が残る時間が短く抑えられます。
1.5haの自社畑はピノ・グリのみが植えられる。雪が多く降り積もる余市ではほとんど採用されることない、長梢剪定で仕立てられたピノ・グリが5,000本斜面上に美しく並ぶ。
「葡萄栽培については北限の土地ですので、有効積算温度から葡萄を絞っていくと、アルザス、ブルゴーニュ系統の品種から選んでいくこととなります。私自身がドメーヌ・タカヒコで研修をしたこともあり、ピノ・ノワールの系統の品種を扱いたいという思いがありました。それで選んだのがピノ・グリです。 高樹齢を目指しているので、長梢剪定で仕立てています。北海道の葡萄栽培における常識は、樹齢20~30年での植え替えですが、この選定方法をとることによってより高樹齢の葡萄を育て続ける可能性が上がります。ブルゴーニュ品種の魅力を引き出すことにもつながるので、敢えての選択です。」
また、海に近いという地理的性質上、一定の湿度があるため貴腐葡萄が出やすいことも、興味深いポイントです。 冷涼地であるためアルコール度数は13度未満に抑えられていますが、一方でピノ・グリに貴腐菌が付着する。 こういった状況はワイン産地全体から見ても珍しいと思うので、それが一つのメリットかもしれません。
2016年の独立の前は、ドメーヌ・タカヒコで2年間修行をした。曽我貴彦氏に学び、現在もドメーヌ・モンでこだわり続けるワイン造りへの姿勢には、彼のモットーである「自分にやさしく」とも呼応するような、「易く」や「シンプルに」といった言葉がちりばめられる。 ワイナリーというより、納屋や倉庫という言葉が適当といえる醸造施設。一般的なワイナリーではまず見かけない樹脂タンクが壁面に高く積まれ、空気圧プレス機がやや窮屈そうにしている。他にはほとんど何もない。
「醸造設備に関しては、可能な限り安く済ませるようにしています。 醸造タンクにも樹脂製のものを使ったり、最初はプレス機も曽我さんから借りたものを使用していました。」 「ここ余市にも新規就農をして、ワイナリーを始めたところは多いのですが、既存の葡萄農家がワイナリーになるという例はまだ一軒もありません。しかし、元々いた土着の農家さんがワイナリーを始めていかないと、ワイン産地は生まれない。少ない設備投資でしっかり経営し、農家さんにその姿を見せることが出来れば、「お金をかけないでできるのであれば、うちもワイン造りをやろう。」と思ってくれる人が必ず出てくると信じています。」
農家目線のスタイルは設備投資だけでなく、醸造方法に至るまで首尾一貫している。 選び続けるのは「忙しい農家さんでもできる、最もシンプルな方法」だ。
選果は畑でのみ、選果台はありません。除梗、破砕もしません。 気を使っている点は、できるだけシンプルにすることです。 栽培面積が大きい農家さんがワイナリーをやろうと思ったとき、除梗、破砕はきっとできません。大変ですから。 つまり、そういったプロセスを経なくてもいいワインが造れることの前例を作らなければいけない。 なので、収穫した葡萄は樹脂タンクに直行。すべて全房発酵させます。
降雪の多い北海道では、雪が積もる前に剪定作業を終わらせなければならない。一般的なワイン産地では収穫後に醸造のみを行う期間があるが、収穫後も剪定作業を急がなければならないこの土地で、同時に手間のかかる醸造をすることは困難だ。
収穫のあと、例えばピノ・グリをプレスするのは剪定が終わるころですが、それまでは樹脂タンクの中で放置しています。 北海道ですと気温が低く、温度管理をしなくても低温浸漬の状態を作れますから、あまり温度管理の必要はありません。 一応、発酵のスタックを防ぐためにストーブをつけて、15℃くらいには保つようにしていますが。
2階と呼ぶべきか、屋根裏と呼ぶべきか、オーク樽が僅かに並ぶ熟成スペースから、山中さんが持ってきてくださったのは、 2年目のヴィンテージとなる2019年のバレルサンプルだ。1種目は、自慢のピノ・グリ。自社畑の裏手には楢の林が広がる。秋になると畑には、楢から振り落とされた「どんぐり」が点々と転がる。Dom Gris(ドン・グリ) 2019は、その「どんぐり」に「Domaine の Pinot Gris」を掛けた駄洒落だ。
そんな赤でも白でもない「ピノ・グリ」から造る、赤でも白でもない「オレンジワイン」を、山中さんは自身の姿とも重ねあわせる。
「昔から白黒をはっきりとさせたい性格だったのですが、年齢を重ねていくうちに、どこかのバンドの真似ではないですが、グレーゾーンに留まることも楽しいかなと考えるようになりました。」
なるほど、これこそ北海道が生んだポップでもロックでもないテイストだ。どういうテイストだ。柔らかい果実とスモーキーな香ばしさ。アルコール度数は高くないが、ドライな質感や長い余韻からは、ブランデーのような印象も垣間見られる。2種目のワインは、極端に言えば行き当たりばったりで造られたワインだ。
「もともと(2018年)は曽我さんから頂いたピノ・ノワールの貴腐の搾りかすを、どうにか使いたいと思いまして。ドン・グリに入れようかと思ったのですが、そうするとドメーヌワインでなくなってしまうので、ドメーヌタカヒコのパストゥグランにヒントを得て、ツヴァイゲルトに入れました。もともと花の香りがつくことなどを期待していたのですが、複雑な香りが加わって予想以上にいい出来でした。」
Cassetoutgrains (カストゥグラン) 2019。呆れたことに「搾りかす」と「パストゥグラン」を掛けた、これもまた駄洒落だ。ツヴァイゲルトに、葡萄の搾りかすをリパッソして造られる。2019年はピノ・グリの搾りかすを漬け込んだ。優しく抽出されたツヴァイゲルトは、ピノ・ノワールのような質感。そこに、遅れてピノ・グリのフローラルな香りが浮かび上がってくる。独創性と偶然が生んだ唯一無二の味わいだ。
「余市をワイン産地に。」そう願うことから生まれる「自分に優しく」、「シンプルに」、「安く」というアイディア。
日本有数の産地といわれながらも、栽培農家からドメーヌ元詰めへの転向というアクションが未だ見られない余市の土地で、 山中さんのユルい背中に薫陶を受ける人々が増えていくことを願う。余市産ワインの名前が駄洒落だらけにならない程度に。
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