日本ワインコラム |北海道・余市 モンガク谷ワイナリー
それは、まるで宮崎駿のアニメのような、そんな光景だ。そこには、2haに及ぶフランス系品種7種が植樹されている葡萄畑、斜面の高台には放牧場。道路を挟んで向かいには、築100年近い札幌軟石の蔵を移築するかたちで瀟洒な醸造蔵が備えられている。北東向きの緩やかな斜面の上部からは、余市市街と海が臨まれ、風車がないだけで、ほとんど風の谷である。 埼玉県出身の木原茂明さんが北海道に魅せられたのは学生時代のことだ。
当初は親元を離れたい、自分のことを誰も知らない環境で一からリスタートしてみたい。そういった思いもあって北海道の大学を選びました。学生生活の中で土地に魅せられ、10年サラリーマンをしたら、北海道に定住して田舎暮らしをする。」と就職活動前には決めていました。その後東京で就職をして、途中から北海道転勤の希望がかなったので結局13年間働きましたが、その後退職し余市への移住をしました。
ここは元々ウィスキー会社が所有していた土地で、15年間手つかずのまま荒れ放題になっていました。人工林に覆われ密封されたような、陽か陰かで言えば陰の土地だったのですが、ここに立った時のインスピレーションで購入を決めました。追って人工林が伐採の適齢だったとわかり、それらを取り除くと、地平線に海が現れて涼しい風がすっと吹き込んできたのです。
新海誠演出風の景色の展開がありありと瞼の裏に浮かぶのは私だけだろうか。 景色は開けたが、15年もの間放置されていた11haの荒地。土地を取得した2011年は整地とゴミ拾い排水路の整備に丸々費やされた。葡萄の植樹を開始したのは翌年の2012年。植栽品種は、シャルドネ、ピノノワール、ピノタージュ、ピノグリ、ピノブラン、ソーヴィニヨンブラン、ゲウュルツトラミネールの7種類。
「高校に行くか料理人の道に行くか迷ったほど」に料理に情熱を抱いている木原さんは、出汁を組み合わせることによって深みのある味わいを実現する日本料理に着想を得て、複数の葡萄品種を混醸する醸造方法にたどり着いた。
原料出荷農家としてやっていくことを基本として考えていて、万が一ワイナリーができたらなぁと思っていました。無農薬からスタートして、地元の先輩に反対されたのですけど。初収穫のブドウを原料出荷農家として出荷したら、本当にお小遣いにしかならない。最終製品まで作り上げようという結論に至り、10Rワイナリーでの委託醸造を開始しました。
無農薬で栽培を始めたのは、木原さんが低投入・低環境負荷・不耕起草生栽培を目指しているためだ。2020年からは散布農薬は全てオーガニック認定品だが、堆肥等も自身で手配した自然な物にこだわっている。葡萄の樹の周辺には積丹雲丹の漁師さんから貰った雲丹の殻が風化して、パラパラと細かい欠片となっている。
最初は土作りの名人を目指していたんですけど、手の届かない達人がいて諦めました。それがミミズです。元気のない木の周辺にミミズを撒くということを何年も実施しています。
そういった"エコでやさしい"栽培によって造られた葡萄は、 築100年を超える札幌軟石の蔵を移築して建造されたワイナリーに送られる。 2018年に完成した醸造蔵は、斜面を利用したグラヴィティ・フローシステムを備えた木原さんが自慢とするところのものだ。2012年に葡萄を植樹した時から、万が一ワイナリーを持つのであれば、札幌軟石で作られた半地下の醸造蔵を持ちたいと願っていたそうだ。その念願が叶ったかたちとなる歴史を感じる建造物は、非常にひんやりと静謐な空気で満たされている。
10Rワイナリーでの委託醸造を行っていた際は1種類のワインのみを生産していたが、自社醸造設備を手に入れてからは、混醸する葡萄品種の組み合わせやパーセンテージの異なる4種のワインのリリースを開始した。
これまでは手探りで右も左も分からない中で何とかやってきました。2018年から、完全に独立をして、本当に自分ひとりで出来るのだろうかと、常に不安と向かい合いながら、目の前の課題に追われる3年間を過ごしてきました。なんとかやっていけそうかなという手応えを感じてきている状況のこの3年目で、年間1万本以上ボトリングできるかという課題。今後はもうちょっと遊び心を、心に余裕を持ちながら、味付けですとか匙加減を自分の作るワインで調整して感じ取っていきたい。
ワイン造りの次のステップとして木原さんが見据えるのは果皮の扱いだ。 品種選択のスタートが調理の思想に基づいているからか、遊び心、味付けという言葉づかいはほかの生産者からは聞かれない独特のタームのように思われる。
今までは果汁のフレッシュさを重視する醸造をやってきました。そうするといち早く皮から離れてしまうわけですよね。皮の良さを引き出せない作りになっていたのを、少しずつ皮由来のものを引き出していくような遊び心をもって楽しみながらやっていきたい。今年から少量ですけど赤ワインも生産していきます。赤ワインも皮の成分が出ているものですから、皮との付き合い方を勉強していきたいと思います。
木原さんがこの土地で目指すのは、ワイン造りだけではない。豚の放牧による有畜循環農業、そして「ファームイン」という形での観光業もその射程に含まれている。ワイン造りに一定の目処がついた今、木原さんはその次の段階を見据えている。
何事も一度始めたらすぐにはあきらめない、歯を食いしばることが大事なのだと思っています。最低でも3年は死に物狂いでくらいついて、自分の思いを形にするだとか、形にしたらそれを継続する、というのをしたほうがいいと感じています。
根っからワイン造りを志す人物ではなかった木原さんが、11haの荒地に開墾、凶作からのワイン生産、そして醸造蔵の建設など、数々の挑戦を乗り越えてきたのは、彼が強く胸に刻む覚悟の賜物と言えるだろう。
自分自身が開墾した風光明媚な谷を背にして、極めて柔和に微笑む木原さんの姿を目にした後にモンガク谷のワインを飲むと、ボトルに貼られたラベルが示すような神々の祭が、彼のシルエットを囲んで祝福をしているような気がしてならない。
うん、やっぱり、敬虔な気持ちになるわけです。
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