山河に埋め尽くされたこの土地には、最上川が形成する河岸段丘の傾斜地が多くみられる。「河岸段丘」という単語から「果樹園」を条件反射的に導けないようでは、受験生失格。2013年にも地理Bにて出題されているように最上川流域では、その段丘を利用した果樹栽培が活発なのである。 ともあれ、この朝日町も豊富な段丘面にリンゴ、ブドウをはじめとした果樹園が広がっている。町の特産物は「無袋(むたい)ふじ」という、果実に保護用の袋をかぶせずに栽培されるふじリンゴ。有袋類とは呼ばないだろうが、袋を被ったリンゴに比べてより甘みが増すという。近衛さんのご実家もリンゴ農家だそうだ。「リンゴとワインの里」たる朝日町で、リンゴ農家に生まれ、41年間ワイナリーに務めている近衛さん。もはや町が歩いているようなものである。

朝日町ワインの設立は昭和19年にまでさかのぼる。
当時、日本政府はワインの成分の酒石酸から、電波探知機の圧電素子に使う軍需物資「ロッシェル塩(酒石酸カリウムナトリウム)」を取り出すことを目的に、全国のブドウ産地に命じてワイン工場を造らせた。それによって、山梨県や山形県などの果樹産地に軍の保護を受けたワイン工場が多く誕生したが、その一つが朝日町ワインの前身となる「山形果実酒製造有限会社」だった。
しかし、昭和50年ころから甘口ワインの需要が衰退し、メーカーからの受注もなくなっていく。またしても供給先を失った状況。そんな中で、ブドウ農家を守るため、山形朝日農協と朝日町が共同出資し、第三セクター方式の会社運営へと転換した。着眼したのは、ポートワインの原料として、町内に多く作付けされていたマスカット・ベーリーA。朝日町ワインは、この品種での「日本一」を目指し、品質にこだわった「まじめなワイン造り」をスタートさせた。

現在は11.3haにも及ぶ朝日町町内の契約農家の畑、そして、自社工場である朝日町ワイン城の前に広がる0.7haの自社畑から年間35万本のワインを生み出す、日本でも指折りの規模のワイナリーとなっている。
起伏の激しい地形である朝日町には、マスカット・ベーリーAの畑だけでも、標高110m~330m、最上川の河岸から山の上まで様々な立地が存在する。その中で、マスカット・ベーリーAという品種での日本一を目指す当ワイナリーにおいて、最も注目され、道中、近衛さんが最も誇らしげに紹介したのが「柏原ヴィンヤード」だ。
2013、2014年と、柏原ヴィンヤードで葡萄を栽培する「成原ぶどう園」、「武田ぶどう園」のマスカット・ベーリー
Aのみを使用した、「マイスター・セレクション 遅摘み マスカット・べーリーA
2011、2012」が、2年連続で日本ワインコンクール金賞・部門最高賞・コストパフォーマンス賞の三冠を受賞。朝日町ワインを代表する銘醸畑として、世に名を知らしめた。

実際にテイスティングしてみると、山形県のマスカット・ベーリーAらしく、いわゆるフォクシーフレーバーは控えめに抑えられている。それに代わる形で、フルーツの香りの奥から立ち昇ってくるクローヴやシナモンのようなスパイスの香り。ほかの産地には、他の畑には見られない稀な個性だ。
マスカット・ベーリーA種でのサクセスストーリーは、「柏原ヴィンヤード」だけにとどまらない。
2016年に開催されたG7伊勢志摩サミットでは、「マイスターセレクション
バレル セレクション ルージュ2013」が会食の席で提供された。
実際に欧米の首脳へ供された12種のワインのほとんどが、長野県産、山梨県産であった中、唯一の山形県産ワインとして、選出された朝日町ワインだった。
山形県産国内改良品種のマスカット・ベーリーAとブラック・クイーン、そしてツバイゲルトレーベをフランス産ワイン樽で樽熟成し100樽以上の中から厳選したバレル
セレクション。日本に固有である葡萄品種の表現として、山形県の味わいが世界に示されたことは、朝日町ワインにとってだけでなく朝日町ぶどう生産組合にとっても、大きな自信となった。
