山梨県甲州市塩山に拠点を置く奥野田ワイナリー。甲府盆地東部に位置する日当たりのよい斜面を利用した畑が印象的だ。この土地で、中村さんはブドウ栽培とワイン醸造を続けて33年目を迎える。

中村さんのワイン史は、新入社員で入社した勝沼にある老舗、グレイスワインから始まる。還暦を迎えた今のご自身と同年代の工場長と共に、日々、醸造に向き合い、テイスティングを繰り返したという。
20代前半だった当時の自分の方が嗅覚も味覚も優れているはずなのに、独学でワインの勉強をしていた工場長には全く太刀打ちできなかった
ワイナリーの裏手にある日灼(ひやけ)圃場。中村さんはここで、日本の伝統的なブドウ栽培手法ではなく、欧米で一般的に用いられている手法を参考にワイン用ブドウを栽培している。33年前に栽培を始めた頃、近隣の農家には「ブドウは出荷して食べてもらうもの」という認識しかなかった。小粒で、水分量が少ない、種のあるワイン用ブドウを栽培する中村さんは「クレイジー」と評されたが、屈することはなかった。生食用のブドウの余りでワインを造るのでなく、世界に通用するワインを造るという信念とそれを支えるロジックがあったからだ。

甲府盆地でのブドウ栽培の歴史は長く、800年以上も前に遡るが、基本的には生食用で、品種は北米原産のラブルスカ種が主流だ。優しい甘さと溢れ出す果汁。これが生食用のブドウだ。高温多湿で肥沃な土壌を持つ甲府盆地では、生食用のブドウには棚仕立てが適した選択だろう。棚仕立ての植付け量は、約200本/1ha。本数は少ないが、豊富な水分と養分を吸収した一本一本の木は太く、強い樹勢を持つことから、面積当たりの収穫量は世界トップレベルを誇る。
一方、ワイン用ブドウは、ヨーロッパ原産のヴィニフェラ種が主流で、奥野田ワイナリーで栽培するカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シャルドネ、甲州といった品種が含まれる。ラブルスカ種とは異なり、痩せた土地や乾燥した環境を好む品種が多い。奥野田ワイナリーでは、ヴィニフェラ種のブドウは全て垣根仕立てが採用されており、約9,000本/1haの密度で植えられている。
世界的な植付け密度(4,000本前後〜10,000本超/1ha)と同じレンジだが、日本の伝統的な棚仕立ての植付け量とは大きく異なる。ブドウ間の競争環境を作り出し、ワイン醸造に欠かせない高い糖度と水分量が少なく凝縮された果実味のあるブドウ栽培に心を使っている。詳しくは以下で説明する。

出会ったのは、“Green Policy
2020”として環境問題に対する中期的な取り組みを展開していた富士通。同社と協業し、畑の温度と湿度を5分毎に計測し、ある一定の値になるとアラームが発動するシステムを構築。アラームが鳴れば、72時間以内に少量の薬剤を散布し、病気発生を抑えている。その結果、農薬散布量は規定量の半分(天候が良い年は、1/4)に抑えられていると言う。農薬使用量が減るだけでなく、農薬散布に必要な機械代や農薬代も抑えられ、経済的なメリットも大きい。
これらの話をする際、中村さんは「自分で考えた訳ではない。誰かがやっていること」だという発言を繰り返していた。

奥野田ワイナリーのメンバーは総勢4名。年間生産量は4万本。規模は決して大きくないが、活動の幅は広く、一つ一つの工程が丁寧に扱われている。「うちは小さいから」と何度も仰っていたが、その小ささを武器に変え、「世界に通用するワイン」を産み出している。