滋賀県東近江市にあるヒトミワイナリー。
滋賀県と言えば琵琶湖という安直なイメージしか持ち合わせていなかったこともあり、ワイナリーがあると聞いて驚いた。滋賀県は中央に琵琶湖、その周囲に山地がある。東近江市は県の南東部に当たり、そのまま東に進めば三重県境の鈴鹿山脈に抜けるという位置関係で、東に山地、南東から北西に伸びる扇状地、そして西に琵琶湖岸に至る平地に大分される。

ヒトミワイナリーの目の前はブドウ畑ではなく田園風景が広がっており、決してワイン用ブドウを育てるのにベストな気候環境とは言えない。夏は非常に暑い。大雨や台風の被害も受ける(実際にブドウの木が倒れたこともあるそうだ)。水はけがいいとは言えない、等々。創業者が、地元の人に日常にワインがある生活の豊さを味わってもらいたいという思いで建てられたワイナリーということもあり、栽培環境という面では制限があるのは事実だ。

2017年に自社畑ができた。今、畑にはマスカット・ベイリーA、メルロー、シラー、カベルネ・サントリー、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランが植えられている。
滋賀県の夏は非常に暑く同じシャルドネでも、青りんごや柑橘系といった冷涼な地域で栽培されたものが持つ香りではなく、温暖な地域独特のパッションフルーツやパイナップルといったトロピカル・フルーツを思わせる香りが出る。温暖な地域で栽培する際に重要になってくるのが、果実のアロマやタンニンと酸味のバランスだ。ブドウが色付き、成熟が進むと糖度は上がり、酸味が下がる。一方、果実のアロマやタンニンは成熟期にじっくりと醸成される。寒暖差のない温暖な地域では糖度が上がって酸味が下がるタイミングが比較的早くに訪れるが、その時点では果実のアロマやタンニンが未発達ということが起こりがちなのだ。

そのような難しい環境下でヒトミワイナリーが注目しているのが、カベルネ・サントリーという品種だ。サントリーが、ブラック・クイーンとカベルネ・ソーヴィニョンを掛け合わせて作った品種で、酸持ちが良いという特徴がある。この品種が、温暖な滋賀の気候とマッチするということで、自社農園で収穫(=仏語:recolte)したブドウを使ったワインとして販売している「Recolte」シリーズで頻繁に使われる品種となっている。カベルネ・サントリーが商品化されているのはヒトミワイナリーのみとのことで、是非とも一度味わいたい一本だ。

ヒトミワイナリーのワインと言えば、「100%国産のブドウ」からできた「にごりワイン」だ。
創業当時からこのスタイルだったかというと、そういう訳ではない。自分達が思う「美味しい」を追求する過程で行った様々な試行錯誤や英断によって、今のスタイルに行き着いたのだ。
2006年ヒトミワイナリーの製造するワインは全て、濾過しない「にごりワイン」になった。16年前の当時では珍しいにごりワイン専門のワイナリーだ。
この濁りの正体は、食物繊維や野生酵母なのだが、通常、ワインはこれらを濾過して取り除き、雑味のない味わいを作り上げていく。雑味はなくなるが、独特の香りや複雑さは減っていく。ワイナリー設立当初は一般的なワインを造っていたが、納得できる出来栄えではなかった。試行錯誤を繰り返す中、濾過する前のにごりワインをお客様に試してもらったところ反響が大きく、にごりワインのみを提供するスタイルに会社の舵を切ったという。