日本ワインコラム | 関東・栃木 ココ・ファーム・ワイナリー
我々は一般に
「優れた葡萄産地にあるワイナリーで、優れたワインは造られる。」
と考えることを好む傾向にある。
「ロンドンにある自社畑のリースリングからワイン造りました。」
「ブルゴーニュのピノ・ノワールをパリで醸造しました。」
なんて言われても、なんだか得心がいかない。どんなに完璧な味わいでも、「何か入れてるんじゃないの?」なんて不確かなことを言い始めるのがオチで、どうにも腑に落ちないのである。おそらく。
欧州を例に出した。日本の場合はどうだろう。
「北海道の葡萄を北海道でワインにしました。」
「山形県の葡萄を山形県でワインにしました。」
いわゆるドメーヌだ。
優れた産地が生んだ葡萄が、その優れた産地でワインになる。
では、これはどうだろう。
「北海道の葡萄を栃木県でワインにする。」
「山梨県の葡萄を栃木県でワインにする。」
栃木県は北関東で、山梨県は中部、あるいは南関東で、北海道は言うまでもない。パリとブルゴーニュの距離の例はさほど大袈裟ではない。
これはどうか。
「栃木県の葡萄を栃木県でワインにする。」
栃木県が葡萄の産地として知られているかといえばそうではない。ロンドンの例は流石に誇張だが、実際に葡萄生産量では全国上位10番までにも入っていない。名産と言えば「とちおとめ」「餃子」「レモン牛乳」。「とちおとめ」は果実だが葡萄ではないし、「餃子」は皮と身があっても果実じゃない。「レモン牛乳」はもうよくわからない。
冗談ではあるが、欧州の伝統を重ねるならば「我々がちょっと腑に落ちない」あり方でワイン造りを行っているのが、ココ・ファーム・ワイナリーだ。
一方で、我々はココ・ファーム・ワイナリーに関して、実際にそのような違和感を抱くことはない。優れたワインを造るワイナリーとして認識しており、その人気も高い。
我々の優れたワインに対する緩やかな常識とは、異なる在り方であるにもかかわらず、
優れたワインを生み続けるココ・ファーム・ワイナリー。そこにあるものはなにか。
上からマスカット・ベーリーA、リースリング・リオン、ノートン、プティ・マンサン。他の圃場には、プティ・ヴェルド、ヴィニョール、トラミネットなどを植えています
栽培部長の石井秀樹さんは、セキュリティ・ソフトの名前を言ったのではない。
「マスカット・ベーリーAや、リースリング・リオンは、他の地域でも聞く名前かもしれませんが、あまり日本で栽培されることのない品種がほとんどですよね。」栃木県足利市。東武伊勢崎線特急「りょうもう」が停車する足利市駅から、車で20分。 23区内では観測されない、「街が途切れる」という現象の先に、ココ・ファーム・ワイナリーはある。
1950年代、栃木県足利市の特殊学級の中学生たちとその担任教師である川田昇さんによって開墾された山の急斜面の葡萄畑がワイナリーを象徴する光景だ。平均斜度38度。断崖絶壁とも言える、というのが誇張だとすれば、これを崖と呼ぶか、畑と呼ぶかと聞かれたら、「崖だ」と答えたくなる、と形容してもいいだろう。 その頂上へ向かう道中。専務取締役の池上知恵子さん、広報の越知翔子さんは、絶叫マシンほどに傾いた車内で「私たちは慣れてるから。」と笑っていた。車のエンジン音はその声をかき消そうとするかのように、低く叫ぶ。振り上がるタコメーターに反して、速度は17㎞/hしかでていない。耳をすませば「無理、無理、無理」と言っているに違いない。
ココ・ファーム・ワイナリー「開拓畑」。
松が自生するこの土地は、海底が隆起したことによる砂質の土に加え、叩けば崩れるほど脆い砕屑岩類、頁岩類などが入り混じった痩せた土壌。平らな農地が手に入らず、やむなく開墾した急斜面は水捌けという点で、果樹栽培に優れた条件だ。しかし、熊谷や高崎などの「ザ・ホッテスト・シティ」達を擁する北関東の気候は必ずしも、醸造用葡萄に適しているとは言えない。
いくら急斜面で水捌けがいいと言っても、ここの標高は180m位なんです。いわゆる高標高ではない。南西向きの斜面ですから、日照も多く、気温も高い。夏は猛暑日が30日以上もあります。その中で、黒葡萄で言うとカベルネ・ソーヴィニヨン、白葡萄ならシャルドネなどは、高い品質のものが得られません。
高貴種の葡萄はこの土地では、大きな成果を得られない。そう言った環境中で、ココ・ファーム・ワイナリーが取り組むのは、欧州品種とアメリカ品種を掛け合わせた「ハイブリッド」や、主に南仏で栽培される品種だ。
「果皮が厚い品種の方が、この土地ではいい果実をつけます。そこで採用したのが、プティ・マンサンやノートンといった品種です。」
カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネ、ピノ・ノワールといった著名なブドウ品種は、商品価値の軸になりえるとなりうる。ラベルにピノ・ノワールと書いてあれば、市場では圧倒的に受け入れられやすい。しかし、必ずしもそういった品種に適しているとは言えない栃木県足利市という土地で、ココ・ファーム・ワイナリーはそこに固執をしない。
「適地適作」
ワインにあった土地であるということよりも、 土地にあった葡萄を栽培し、土地にあったワインを造ることが重要だという考えだ。 ココ・ファーム・ワイナリーが掲げる重要な思想のひとつと言えるだろう。「3名の栽培スタッフで6haの自社畑の面倒を見ていますが、急斜面の畑では、同じ作業でも平地の3倍の時間と手間がかかってきます。機械の入れない土地ですから、全てが手作業。そういった中で、ここでの葡萄の栽培は、園生と協力し合いながら行っています。」市場よりも土地への適性を重視した葡萄品種の選択には、収穫の品質向上を目指すという強い意思が詰まっている。いいワインはいい葡萄から。その実現の為に欠かすことが出来ないのが、こころみ学園の園生による丁寧な仕事だ。
ワイナリーに隣接する「こころみ学園」は、1969年に設立された障がい者支援施設。現在140人の利用者が、ココ・ファーム・ワイナリーでの葡萄の栽培やワイン造りに携わりながら生活している。取材当日、強風吹き荒れる急斜面の葡萄畑の上にも、黙々と働く彼らの姿が見られた。
現在は剪定の時期なので、剪定した枝の運搬や、木の皮を剥く作業などをやってもらっています。中には紐を結べなかったり、数を数えられなかったりする園生もいるのですが、畑での単純な作業であれば、楽しく丁寧にやってくれます。こういった作業が、彼らの訓練、手を動かしたり、頭を使う機会があってほしいと思っています。
園生達と協力しながらの葡萄作りを行う中で、自社畑の多くの葡萄にはGDCという個性的な仕立て方法が採用されている。
元々は生食用葡萄で一般的な、X字長梢剪定で仕立てていたのですが、それでは色々なところに葡萄の実が付いてしまうので、園生が行う作業に漏れが出てしまうことが多くありました。それに加えてここは、いくら水はけがいいとは言っても、年間1000㎜の降水量がある土地です。葡萄の葉で地面が覆われてしまう仕立て方法では、湿気がたまりやすく、病気が出やすくもありました。その中で、著名な栽培家の勧めもあり、2000年頃から始めたのが、このGDC仕立てです。
段々畑の道の両脇、目線の高さでカーテンレールのように枝を伸ばす葡萄。生育期には、新梢がカーテンのように垂れ下がり、その上部に、ほとんど高さを揃えて実をつける。 収穫から剪定後の作業に至るまで、直線的な動線を導くこの仕立て方法は、園生たちの作業をよりシンプルで正確なものにしてくれる。 「夏の時期は果実の重みで新梢の先が地面につくほどに垂れ下がます。私たちは、開墾以来、除草剤をまいたことがなく、その代わりに年に5~6回園生たちと手作業で草刈りを行うのですが、その作業の中で自動的に摘芯を行うことが出来ます。」
またそういった環境の改良は、通常のワイナリーでは考えられない細やかな作業を実現させることにもつながっている。
「「第一楽章」というワインに使うマスカット・ベーリーAについては、徹底的に収量を制限しています。新梢には2つの房が付きますが、手作業で1つを落とし、実の数も詰めて減らします。一般的には、収量10t/haでもかなり少ないのですが、うちの場合は5t/haです。また、栃木の夏場は暑いですから、葡萄の房一つ一つに傘をかけて保護します。去年は、165,000枚の傘をかけました。これらの作業も園生が中心となって行っています。」
これがどういうことかというと、1tの葡萄からは、おおよそ7hlの果汁が得られるので、5t/haは約35hl/ha。
つまり、大雑把にドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティの収量と同じくらいと言える。
恐らくここまでの収量制限を行っているワイナリーは他にないだろう。
「適地適作」と「園生との協力」によって、栃木という土地での高品質な葡萄造りへの挑戦を続けるココ・ファーム・ワイナリー。その挑戦のフィールドは、葡萄畑の上に留まらない。「「ここの葡萄とそこの葡萄を混ぜちゃうのか」なんて言われることもあります。」製造部長の柴田豊一郎さんはそう言って微笑む。
ココ・ファーム・ワイナリーでは、自社畑の原料だけでなく、北海道、山形、長野、山梨、埼玉、そして栃木の契約農家の葡萄を使用したワインを多く製造している。自社畑の個性的な品種ラインナップに留まらず、各地の契約農家から届けられる葡萄も様々。自社の葡萄を含め、多くの産地から多様な品種、状態の収穫を扱うなかで、可能な限りの自然な醸造と、上質な味わいを実現するために、醸造プロセスなどは、毎年微妙に変更、改良され、常に進歩を続けている。
スタッフ全体で、契約農家の葡萄についても、経験を積んでいく中で、パターンが見えてきていて、こういう状態の葡萄については、こういうような醸造のアプローチをするだとか、ここまでの痛みは使わないだとか、葡萄を見る目がついてきていると感じます。また、スタッフから新しいアイディアも多く生まれていて、そういった中で、品質も上がってきていると思います。
そういった改良への挑戦を支えるのが、数あるラインナップの中でも、個性的なワインを多く生み出している「こころみシリーズ」だ。 「ベストなワインを造るための私たちの試み」と称される当シリーズでは、柴田さんをはじめ、ココ・ファーム・ワイナリーの醸造スタッフのセンスが光る、常識を超えたワイン達がリリースされる。
可能性が見えているものを、すぐに製品化するのではなくて、「こころみシリーズ」で2~3年試しています。中には、5年経っても納得する品質や、量にならず辞めてしまうものもあります。
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