日本ワインコラム |広島三次ワイナリー
「三次」と書いて「みよし」と読む。広島県の北部、中国地方の中心部に位置し、江の川、馬洗川、西城川の3本の大きな川が巴状に合流する盆地である。ブドウ栽培が始まったのは1955年頃からと言われており、今では“黒い真珠”と称されるピオーネの一大産地として有名な場所だ。
1994年に広島県初のワイナリーとしてこの地に誕生したのが、今回の訪問先である広島三次ワイナリー。今年創業30周年を迎える歴史のあるワイナリーだ。第三セクターとして誕生したという背景もあり、当初は観光ワイナリー的な位置づけで捉えられていたが、昨今は国内外から高く評価される本格的なワインで名を馳せ、多くのファンを魅了する。
質の高いワインを造り出す秘密はどこにあるのか?生粋の三次っ子だという製造課マネージャーの沖田さんに色々とお話を伺った。
観光ワイナリーからの脱却
広島三次ワイナリーは三次市やJAひろしま等が出資する第三セクターとして誕生。生食用ブドウを栽培する過程で出る大量の規格外のブドウを活用するという目的から創設された経緯もあり、設立当時は観光ワインとしての色合いが強いものだった。ワイナリーには観光客向けの施設も充実しており、集客も業績も安定していたが、日本ワインブームの到来と共に、土地の個性を活かした本格的なワインに注目が集まり、観光ワインが淘汰されつつあるという現実も目の当たりにする。
このままでは生き残れない…という危機感が募り、経営陣は1つの大きな決断をする。これまでの観光ワイナリーとして位置付けから経営方針をシフトし、原料から見直したのだ。2007年に自社圃場を確保しブドウ栽培を開始、2008年には三次産ブドウ100%で造るTOMOEシリーズをスタートした。
更に、2つ目の大きな決断となったのが、2013年に後にワイナリー長となる太田直幸氏を迎え入れたことだ。
太田氏はニュージーランドのリンカーン大学でブドウ栽培とワイン醸造の勉強をし、現地の農園やワイナリーで長く働いた経験を持つ。沖田さん曰く、太田氏は「ブドウのいいところを最大限に引き出す」という考えをお持ちで、これまでとは異なるアプローチで、質を重視した栽培や醸造を徹底したそう。その結果、ワインの質が向上し味わいも本格的に。国内外の数々のコンクールで受賞するまでになったのだ。
経営方針を180度変え、一から新しい文化を作り上げた広島三次ワイナリー。強いリーダーシップなしには成しえなかったと思うが、三次という場所の優位性、栽培家や醸造家一人一人の情熱も忘れてはいけない。まずは畑から見ていこう。
恵まれた畑の環境
盆地ならではの優位性
ワイナリーから車で程近く、山間部を切り開いた場所に畑がある。標高350m前後、一番高いTOMOEシリーズ「シャルドネ新月」の畑は標高400mに位置する。どの畑も開けた場所にあるので、日の出から日の入りまでしっかりと太陽が当たる。また、盆地ならではの気候で、昼夜の寒暖差が大きく、ブドウがゆっくり熟す環境にある。山肌を通る風も吹くので、比較的病気になりにくい環境なのも嬉しいところだ。
恵まれた環境とは言え、温暖化の影響はある。「シャルドネ新月」は、新月の夜に収穫するナイトハーベストを行っていたことから命名されたワインだが、昨今は夜間も気温が高い日が多く、夜に収穫するメリットが下がってきていることと、夜間の作業は摘み残しも起こりやすいことから、昼間に収穫した後、ブドウをしっかり冷蔵し酸化や腐敗を防ぐという手法に切り替えたそう。
日本で珍しい貴腐ブドウが育つ場所
3つの大きな川が合流するという特殊な環境により、秋から早春にかけて霧が発生しやすいという土地柄も面白い。秋になると川からの水蒸気が冷やされて大量の霧が発生し、盆地全体が霧に覆われて海のように見えるので「霧の海」と言われるほど。
この環境があるからこそ、日本では珍しい貴腐ワインができる。貴腐ブドウが育つためには、
1.早朝霧が発生し貴腐菌が育つこと、
2.日中は晴れて乾燥し水分が蒸発すること、
3.ある一定期間その状態が続くこと、
という条件がある。毎年お目見えするわけではないが、セミヨンなどで造られる極上のデザートワイン「貴腐ワイン」もラインナップにあり、見逃せない!
雨や獣害対策もぬかりなく
もちろん難しさもある。年間1,400mm程度と比較的雨は降る。収穫のタイミングと重なる台風のリスクもある。そのため、畑では雨除けのレインカットが欠かせない。できるだけ自然に寄り添った栽培を基本方針としている中、レインカットを用いることで農薬の散布量が減るというメリットも大きい。 畑は粘土質。雨水が地中に入り込んだとしてもある程度のところで止まって、後は表土から流れていくそうだが、暗渠を設けて水はけを確保するなど、ブドウが心地よい土壌環境作りもしっかりと行っている。
畑で取材していると銃声が聞こえてきた。鳥害対策のようだ。その他にも鹿やアナグマ、ハクビシンといった小動物が畑を荒らすこともあるそうで、獣害対策のフェンスは欠かせない。可能な限り自然な環境でブドウを育てるには、日々の管理が不可欠だ。こまめな観察があるからこそ、ブドウの質が上がるのだろう。
栽培農家と二人三脚で歩む
広島三次ワイナリーで使用する地元産ブドウは、2haの自社圃場(自社畑で自社スタッフが作業)、4.6haの専用圃場(自社畑で契約農家が作業)、契約農家の畑の3つの場所で栽培されている。
信頼関係が大事
自社スタッフもフル稼働でブドウ栽培に向き合っているとは言え、協力してくれる農家なくしてブドウ畑の質の維持、向上は成り立たない。ワイナリーがない時代から、創業を見越してワイン用ブドウを栽培していた人もいたそう(!)なので、農家とは30年を超える長いお付き合いだ。
良好な関係を築いているのには秘訣がある。一般的にキロ単位で行われるブドウの買取りを、広島三次ワイナリーでは畑の面積単位で行っている。生食用とワイン用ではブドウの栽培方法も収量も異なる。瑞々しく水分たっぷりに仕上げる生食用とは異なり、ワイン用は房の数を絞り、粒も小さく凝縮したブドウが必要で、収量単位にすると農家の実入りが少なくなるのだ。例えば、TOMOEシリーズ「シャルドネ新月」は、1枝に1房まで収量制限した上に、肩(副穂)も落とす。
経済的な安心感が農家にあるからこそ、ワイン用ブドウに合わせた栽培手法を取り入れ、思い切った収量制限も快く受け入れてくれるのだろう。
それだけではない。やはり、「こういうブドウがほしい。なぜならば…」という明快なロジックと「こういうワインを造りたい!」というワインにかける熱意をスタッフ全員が持っているからこそ、農家の心に響くのだろう。太田氏がワイナリー長に就任した当初は、農家と喧々諤々に議論したそうだが、お互いの理解を深めるために必要なステップだったに違いない。
信頼の上に成り立つすみ分け
農家との信頼関係があるからこそ、夫々が栽培するブドウ品種や仕立て方のすみ分けができている。
自社圃場では、黒ブドウのシラー、ピノ・ノワール、プティ・ヴェルドを垣根仕立で栽培している。樹齢20年程度のブドウ樹だ。一番栽培量が多いのがシラー。
うちのシラーは、黒コショウといったスパイスのニュアンスが強く出るのが特徴で人気
と沖田さんが評されるもので、2023年のG7広島サミットでも提供された一本だ。尚、現在自社圃場を拡張中で、最終的には4haになる見込み。白ブドウのシャルドネとソーヴィニヨン・ブランを栽培予定とのこと。サミットで提供されたこともあり、「シャルドネ新月」の人気が上がり、専用圃場だけでは需要に追い付かないと判断してとのことだ。
一方の専用圃場では、協力農家に作業を依頼し、白ブドウのシャルドネ、セミヨン、デラウェア、黒ブドウのメルロ、小公子、マルベック、シラーを棚仕立で栽培している。実は、30年前に植えたメルロの畑に、他のメルロと明らかに異なる樹があったそうで、メルロとして収穫できないため、毎秋開催されるお祭りで、「ブドウ圧搾ダンス」イベント用に長く使っていたそう。イベント用とはいえ、出来のいいブドウだったので、DNA鑑定してみたところ、マルベックと判明したそう!今はダンスを休止し、マルベックは少量ながらきちんと醸造されるようになったそうだ。名物イベントがなくなったのは少し寂しい気もするが、ラインナップに加わったのは嬉しい話だ。
農家の名前を全面に
マスカット・ベーリーAについては契約農家から仕入れて醸造しているが、ラベルには農園名が明記されている。毎年高品質なブドウを栽培してくれるという信頼があるからこその計らいだ。
同じ地域で育つ同じ品種とは言え、契約農家毎にブドウの味わいが異なるので、仕込み方も変えているそう。
例えば、柳ヴィンヤードのマスカット・ベーリーAはフレッシュな味わい。そこで、ボジョレー・ヌーヴォーと同じ製造方法を用い、フレッシュ且つチャーミングな仕上がりに。木津田ヴィンヤードは、通常よりも収穫を遅らせた完熟ブドウならではの果実味や旨味が味わえる仕上がりに。そして、芝床ヴィンヤードのブドウは最も色調が濃かったので、18ヶ月の樽熟成を行い、果実味と樽香が混ざり合う飲み応えのある仕上がりになっている。色々と試したくなるラインナップだ!
プロのブドウ栽培家が真剣勝負で育てるブドウだからこそ、そのブドウが最も輝く方法でワインに仕上げていく。そして、消費者にも農家毎の違いを知ってもらいたい。こういう思いが聞こえてくる。
飲んで美味しい、日本らしいワイン造り
地元産のブドウを使ったワインは年間10万本、輸入原料を使用したワインも含めると年間20数万本製造されており、醸造所もスケールが大きい。そのため、例えば、タンクも1万リットルや5千リットルといった大きなサイズのものがいくつもあり、迫力がある。
太田は常々、『ワインは見た目よりも味。だから、飲んで美味しいことが大事。そして日本らしいワインを目指す。山も高ければいいというわけではない』と口にする
と、沖田さん。チーム全員が共有している考えのようだ。
熟成過程を重視-樽の総入替え
太田氏のワイナリー長就任後、醸造所内の設備で大きく変わったのが樽だ。以前は、汚染された樽もあったそうだが、就任時に50樽全て入れ替えたそう!二の足を踏みそうになる金額だが、当時の社長がかなり豪胆な方で、ワイン造りを任せることを条件に太田氏を迎え入れたこともあり、すぐにGOサインが出たそう。 樽は、様々なメーカーから仕入れている。最終的なワインの仕上がりをイメージし、新樽と古樽、小樽と大樽を使い分ける。また、樽を保管する環境にも目を配り、13℃程度に温度を保つ共に、湿度も70-75%程度を維持。環境を整えることで、ワインも安心して眠ることができるという訳である。
ブレンドも行う
単一品種で仕込むワインも多いが、面白いブレンドワインもある。例えば、小公子80%にマスカット・ベーリーAを20%ブレンドした赤ワイン。両方とも日本固有品種だが、小公子はヤマブドウ系で独特な野性味あふれる風味がある一方、マスカット・ベーリーAにはチャーミングな果実味がある。
何度もテイスティングを重ね、夫々の良さが一番発揮されるブレンド比率を見出し、日本ワインらしさが溢れる一本に仕上がった。単一品種にはない掛け合わせの奥深さを味わえるので、是非お試し頂きたい!
瓶内二次発酵のスパークリングをリリース
太田氏がワイナリー長に就任して10年目となる2023年、三次産原料100%を使った瓶内二次発酵のスパークリングワインシリーズ「VILLAQUA(ヴィラクア)」が発売された。三次という地名は、「水(み)」と古い朝鮮語で「村」を意味する「すき」が合わさり、「みすき」から「みよし」に転じたという説を受け、ラテン語の「VILLA(村)」と「AQUA(水)」を合わせた「VILLAQUA」と命名されたそう。
これまでガス充填式のスパークリングワインはあったが、シャンパーニュと同じ製法の瓶内二次発酵は初めての試み。スパークリングワインはスティルワインに比べて工程が多い上、瓶内二次発酵は他のスパークリングワインよりも手間がかかる手法。だからこそ力量が試される。
そんな中、シャルドネ100%のブラン・ド・ブラン「VILLAQUA イエロー」が「インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション(IWSC)2024」と「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワード2024」の両方でシルバー受賞。ロゼの「VILLAQUAピンク」も「日本ワインコンクール2024(スパークリング部門)」で銅賞を受賞している。因みにリリースした2023年も夫々国際コンペで受賞するという、いきなりの快挙だったのだ。これからの進化も見逃せない!
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ワクワク感があるワイナリーと思わないだろうか?
観光ワイナリーという出自から進路を変更したからこそ、チーム全員に「やってやろうじゃないか!」という高い士気があると共に、「ワインが好き」というピュアな気持ちと「もっと良くしたい」というハングリー精神を共有しているように思う。
だからこそ、次、また何かあるに違いないという期待感がある。 また、観光ワイナリーというスタートがあったからこそ、ワイナリーで色んな楽しみ方ができるのも素晴らしい。バーベキュースペースがあったり、芝生があったり、カフェコーナーがあったり、地元名産のお土産も手にできたり…ワインはストイックに向き合うものではなく、皆で大らかに楽しむもの。
そのことに改めて気付かされる空間なのだ。
是非、一度ワイナリーに足を運んで頂き、三次の空気を感じながら広々したワイナリーでワイン片手にゆっくり過ごしてほしい。きっと楽しめるはずだから。
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