
「大企業が、まだ駒を置いていない土地」
曽我さんは余市の可能性をそう評した。
大きな伸びしろを見据えながらも、だからこそ抱く風土の完成という緩やかな理想。ナナツモリ・ピノ・ノワールは、そんな手付かずの土地に打たれた礎となる一手だ。いつか樹脂製タンクと全房発酵という、味噌・醤油・漬物的世界観が成熟し、余市の風土となる時が来ると信じている。

ドメーヌ・タカヒコをはじめ、余市町にワイナリーを構える生産者は多くの場合入植者だ。 元々は果樹生産地であった農業の町だが、離農や高齢化によって耕作放棄地が増え、その隙に入り込む形で次々と姿を現したのがワイン生産者たちである。近年のワイナリーの断続的な誕生は、地場産業の衰退とセットなのだ。 買い葡萄からのワインも一定量作っているとはいえ、ドメーヌであることにある種こだわりを持ってきた彼自身が、広く切り拓いてこなかったもうひとつの道だ。

ニューワールドのひとつの欠点は歴史がないことだと思っています。それは、栽培の歴史ではなくて食文化の歴史です。 ヨーロッパには各国に食の深い歴史があって、それがワインと結びつき、テロワールや風土を形成している。移民による多民族国家であるアメリカなどの産地にはそういったものがありません。だから、ワインについても技術や土地のテクニカルな情報をテロワールと称して、市場へアピールしていかなければならない。
味噌・醤油・漬物の世界観でのワイン造りというキーワードの中で、農家でも造れるワインを目指す曽我さんのワイン造りは、非常にシンプルなものとなっている。醸造所は、ある程度広いものの伽藍洞で、隅に積まれているのは樹脂製のタンク。あとは圧搾機とフォークリフトが中途半端にたたずんでいるのみだ。農家の人たちが、余市で安定してワインを造れる方法、そして何となくこういう感じのワインなら造れるというスタンダードを示していくことにこだわりを持ってやっています。

2022年3月、オーストリアに本社がある老舗ワイングラスメーカーの「リーデル・ジャパン」と余市町は、ワイン産地としての余市の魅力を広く伝えるべく、包括連携協定を結んでいる。
協定を通じた連携はイベント開催に留まらない。今回の余市町へのふるさと納税返礼品プロジェクトもその一つだ。国内のみならず、世界的にも有名なワイナリーであるドメーヌ・タカヒコ。どの商品もあっという間に完売してしまう、日本で最も入手困難といっても過言ではないワインを試せるチャンス。
返礼品用にワインを特別に仕込んだ「ドメーヌ・タカヒコ ヨイチ・ノボリ 二 2022」。商品名にある「ニ」に、今回のワインの秘密が隠されているそうだ。

「ニ」には色んな意味が込められている。
✓リーデル・ジャパンとドメーヌ・タカヒコの[ 2 ]者が協力して造られたワインであること。
✓リーデル・ジャパンのグラスとドメーヌ・タカヒコのワインという[ 2 ]商品が入ったセットであること。
✓ワインの品種はツヴァイゲルトレーベとピノ・ノワールという[ 2 ]品種が1対1の割合でブレンドされていること。
✓ツヴァイゲルトレーベのツヴァイとはドイツ語で[ 2 ]を意味すること。
✓ツヴァイゲルトレーベはリーデル・ジャパンの本社があるオーストリアの主要黒ブドウ品種でもあると共に、余市でも古くから栽培されてきた品種であり、[ 2 ]地域の架け橋的な品種であること。
✓一方、ピノ・ノワールは、近年、余市が栽培に力を入れている黒ブドウ品種。ツヴァイゲルトレーベとピノ・ノワールは余市の新旧を代表する[ 2 ]トップ黒ブドウ品種であること。
最初、商品名を見た時、「ニ」って何だろう…と首を傾げたが、説明を聞き、大きくうなずいた。「2」つの異なるものが掛け合わさることで、1+1が2ではなく、3にも4にもなるのだ。

ピノ・ノワールは淡いルビー色が美しい。イチゴやラズベリーといった赤系果実のチャーミングな香りに、黒コショウやクローブといったスパイス香が重なる。口に含むとスパイシーさをしっかりと感じ、洗練された印象の味わいだ。
次にツヴァイゲルトレーベ。先程のピノ・ノワールより濃いルビー色。ブラックチェリーのような果実の香りと共に、肉や獣っぽい野性的な風味が強く、パワーを感じる仕上がりだ。
1対1のブレンドは「お~!」という声が思わず漏れた。その声に、曽我さんも「どや!」と言わんばかりの眼力を見せてくれた。
香りも味わいも大きく変化するのだ。ピノ・ノワール単体で感じたスパイシーさはスミレのようなお花のニュアンスに進化。また、ツヴァイゲルトレーベで感じた野性味は、いい具合にワインに複雑味や重厚感を与える役割になっている。「ブルゴーニュの複雑なピノ・ノワールを思わせる仕上がり」と曽我さんも太鼓判を押す。ブレンドすることによって、互いの品種の良さが溶け込み、新たな魅力が産み出されている。