1. 「マスカット・ベーリーA」とは
マスカット・ベーリーAは、日本で開発されたワイン用の黒ブドウ品種です。マスカット・ベーリーAの特徴や歴史を項目ごとに解説します。
マスカット・ベーリーAの歴史
まず、日本においてワインの原料として使われているブドウは多岐にわたって生産がされています。
明治時代にワイン造りが始まった頃、ヨーロッパやアメリカからもワインの原料用ブドウの苗木が日本にもたらされましたが、これらのブドウ栽培は日本の栽培技術が低かったため、困難にぶつかりました。そこで、川上善兵衛は私財を投じて日本の風土に適した品種の交配育種に力を入れました。
その結果、マスカット・ベーリーAが誕生し、甲州種に次いで2番目に生産量が多い品種となり、彼が開発した品種は今の日本ワイン造りにおいても重要な位置を占めています。
その川上氏は(慶応4年・明治元年)に川上家の長男として誕生し、幼名は「芳太郎」でした。
川上家の代々の当主は「善兵衛」を襲名するのがしきたりで、「芳太郎」もゆくゆくは長男として家を継ぐ立場ではありましたが、先代であり父である5代目善兵衛は病弱なため28歳で帰らぬ人となり、6代目を継いだのは若干7歳の時なのです。
善兵衛氏が生まれ育った越後高田は有数の豪雪地帯で、農民たちはこの雪に悩まされながら米作りをしていました。
その中で当時から川上家と親交のあった勝海舟のもとを訪問し、海外から渡ってきた「葡萄酒」を振舞われた事で、海外文化を知るきっかけとなりました。
ブドウは荒れ果てた土地でも栽培が出来て田畑を潰さずに済むため、新しい産業として農民救済に繋がると考え、1890年に岩の原葡萄園を開設します。
1万311回という気の遠くなる品種交雑を行った結果、マスカット・ベーリーAをはじめ、優良な22品種を開発した歴史が残されていますが、マスカット・ベーリーAは1927年に川上善兵衛氏が開発して登録している品種で、川上氏が開発した品種の中で最も普及しています。
マスカット・ベーリーAの由来
アメリカ系ブドウ品種のベーリー(Bai-ley)とヨーロッパ系ブドウ品種のマスカットハンブルグ(Muscat Hamburgh)の交雑育種で生みだされたブドウで、1931年に初結実し、1940年に正式発表されました。
マスカット・ベリーAとも呼ばれる事が多いですが、「マスカット・ベーリーA」の呼び方を提案したい、とされています。
その理由は交雑育種の母親の「ベーリー」の英語表記が「Bailey」であるため、ベーリーと表記した方が原音に近い事と、開発者の川上善兵衛氏が昭和15年に発表した日本農学賞受賞論文に「マスカット・ベーリーA」と表記している事や、「Bailey」の語尾に「ley」が付いている事などが理由に挙げられています。
マスカット・ベーリーAの香り
マスカット・ベーリーAは醸造用だけでなく、生食用も兼ねているなど日本人にとって大変馴染み深いブドウ品種として知られています。
以前は人気品種としてスーパーなどにも沢山並んだ時代がありましたが、近年は様々な品種が登場した事で生食用として店頭に並ぶ量は激減しました。かつては、「ニューベリーA」という名称で売られていたこともありますが、これはジベレリン処理された種無しのマスカット・ベリーAの名称です。
ただ、現在では生食向けに出荷されるものはマスカット・ベーリAという商品名であっても、殆どが種無しになっているのではないでしょうか。ブドウ自体、自然のまま実を付けるとかなり大きな房になり、果粒は黒に近い紫色をした大粒のブドウです。食べる時は皮を剥く必要がありますが、果汁が多くとても甘いのですが酸味もしっかりとあり、濃厚な美味しさを感じさせてくれます。
醸造用のマスカット・ベーリーAの特徴は、その独特な香りにあります。
ワインにすると、甘いイチゴキャンディー香があり、渋みは比較的穏やかに仕上がります。これはマスカット・ベーリーAに含まれる「フラネオール」というブドウ由来の香りの成分でストロベリーフラノンという別名を持っています。
以前、マスカット・ベーリーAは品質が低い赤ワインしか造ることが出来ないと言われていた事がありましたが、このフラネオール含有量が成熟期後期に著しく増加する事が認められた事などから、現在では栽培方法・収穫時期など、根本から見直されて目覚ましい品質向上を遂げています。
マスカット・ベーリーAの味わい
マスカット・ベーリーAの味わいと特徴ですが、房と粒は大きく、皮は薄めです。
皮の裏側に色素が多くあるため、破砕の時点で色がしっかり醸し出されますが、色素量自体が多いわけではないので、ワインの色調は明るいルビー色になるのが一般的です。
味わいはイチゴを連想させる赤い果実の香りに、イチゴキャンディーや綿菓子などの砂糖を熱した時に生まれる甘い香りがあり、フレッシュで弾けるような果実味と、程よく心地よい酸味があり、タンニンは軽くフルーティーな印象があります。
その軽快さを生かし、赤ワインだけではなくマスカット・ベーリーAを使ったロゼワインやスパークリングワインも生産されていて、多種多様な表情を持った品種と言えます。
2. マスカット・ベーリーAの産地
原産地は、当然、川上善兵衛氏が生まれ育った新潟県ですが日本の気候に合わせて育成がされた為、耐病性、耐湿性、耐寒性に富んでおり東北地方から九州地方まで幅広く栽培されています。
糖度が高い上に病気になりにくく、更に収穫量も多く、果実が早めに熟すため霜が降りる前に収穫出来るのもメリットでした。
マスカット・ベーリーAの生産は6割が山梨県、次いで山形県、長野県、兵庫県、広島県、島根県などで全国で栽培が行われています。それだけ各産地から多彩なワインが造られていて、ブドウ自体も産地によって特徴が微妙に異なります。
山梨県
マスカット・ベーリーA 全生産量の6割を占める山梨県。甲州やマスカット・ベーリーAなど、日本の固有品種を大事にしてきた伝統産地でもあり、伝統品種にプライドを持つワイナリーも多く存在します。
これは日本に限らず、フランスはじめ各国のワイン生産地でも品種改良をせずに、長きに渡って土着品種を大切にする産地は多くあり、ブドウ栽培の伝統を後世に継承する役割もあり、良い取り組みですよね。テロワールが違いますので、同じ山梨県内でも地域によってブドウの特徴が異なります。
発祥の地、新潟県と山梨県のブドウを比較すると、果皮が厚く果粒が固い新潟県の物に比べ、山梨県のマスカット・ベーリーAは果皮が薄めで果粒の水分が多いのが特徴です。
山梨県内ですと、勝沼と穂坂を比べると勝沼のブドウは水分が多く果肉がゼリー状であるのに比べ、標高が高く粘土質で冷涼な穂坂はブドウの粒も小さく、果皮が厚くなり色素やタンニンをしっかり抽出出来るのです。
山形県
山梨県に続いて、マスカット・ベーリーAの生産量が多いのが山形県です。
その昔、生食用のマスカット・ベーリーAも多く販売されていた歴史もあって、食卓にもよく並び、山形県ではポピュラーな品種といえます。
創業1920年と長い歴史を誇るタケダワイナリーでは樹齢80年を超えるマスカット・ベーリーAもあり、凝縮感と洗練された味わいが楽しめます。
「ドメイヌ・タケダ ベリーA古木」は、一度は飲んでみたいワインとして高く評価をされており、マスカット・ベーリーAの神髄とポテンシャルを味わって頂けるワインです。
一方、コストパフォーマンスの高さで人気の朝日町ワインでは生産量の多くがマスカット・ベーリーAが占めており、カジュアル路線のマスカット・ベーリーAのワインも多く生産されています。
「マイスターセレクション 遅摘みマスカット・ベーリーA」は看板商品で初雪が降る直前の11月上旬まで収穫を引っ張り、高めのセニエ法によって実現させた凝縮感が溢れる味わいです。
長野県
長野県はメルローやシャルドネをはじめ、ヨーロッパ系品種の割合が多いため、あまりマスカット・ベーリーAのイメージがないかも知れませんが、生産量は全国3位です。
名だたる銘醸地が続く長野県に於いて、老舗ワイナリーが集結する塩尻は評価が高く、マスカット・ベーリーAを用いた上質なワインが数多く造られています。
新しい試みとして、サントリー社が手掛ける「塩尻マスカット・ベーリーA ミズナラ樽熟成」はオリジナリティ溢れる醸造方法で個性的な味わいが楽しめます。このように、マスカット・ベーリーAはミズナラ樽を使ったりと様々な醸造方法にも対応できる品種で、熟成に関してはステンレスタンク熟成と樽熟成、どちらかも相性が良いといえます。
少しユニークな醸造方法ですと、「陰干し」もあり、収穫後にブドウを数か月間干すことでマスカット・ベーリーAの香りや味わいを増強し、凝縮感を高める新しいスタイルで、メルシャンやマンズワインなど大手メゾンも既に陰干しワインをリリースしており、マスカット・ベーリーAの魅力を引き出す新しい製法として注目を集めています。
3. マスカット・ベーリーAに合う料理
続いてマスカット・ベーリーAと相性の良いお料理を紹介します。
果実味がしっかりある品種ですのでシンプルな味付けの肉料理やフルーティなソースを使ったお料理がおすすめです。
焼き鳥
果実感と凝縮感、そして心地よい甘みを感じるマスカット・ベーリーAは総じて、甘辛いタレを使った料理との相性が抜群です。その代表的なお料理が焼き鳥で、タレの甘みと香ばしく焼いた鶏肉との相性は抜群です。
中でも「とり皮」のタレ焼とのマリアージュは素晴らしく、皮の脂分とマスカット・ベーリーAが放つ繊細さ、そして甘みの印象などとてもリッチな相性が楽しめます。
うなぎのかば焼き
うなぎのかば焼きも相性が良いですね。「醤油とワイン」、意外ですが相性は良くてマスカット・ベーリーAに含まれるフラネオールという成分は醤油にも含まれているため、違和感なく合いますし、熟成したワインの単語で「お醤油の香り」というケースもあるので、ワインとお醤油は良い相性で繋がっています。
脂分をしっかりと含んだうなぎと甘辛い伝統のタレを付けて表面を焦がしながら焼き色を付ける調理法はマスカット・ベーリーAとバランスが良く、うなぎのかば焼きと合わせる場合、マスカット・ベーリーAのワインは少し冷やした方が双方の良さを更に引き立てるため、お勧めの飲み方です。
しゃぶしゃぶ・すき焼き
「しゃぶしゃぶ・すき焼きも相性が抜群です。しゃぶしゃぶは、ポン酢でさっぱり頂きますが、特にマスカット・ベーリーAのスパークリングワイン、もしくはロゼの軽めと相性が良いです。
すき焼きもマスカット・ベーリーAと王道の組み合わせで、甘辛いタレで絡める牛肉とのマリアージュは素晴らしく、相乗効果を高めてくれます。
青魚
意外に思うかも知れませんが、青魚との相性も良いです。重いテイストのワインではなく、軽い味わいの方がより相性は良く、肝の苦みを上手く、マスカット・ベーリーAが包み込むイメージなのですが、肝に少しレモンや柚子を絞ると更に相性は良くなります。
これからの季節、サンマなどが市場に並びますがサンマを使ったカルパッチョのマリアージュも季節性がある組み合わせですね。
4. マスカット・ベーリーAを使ったおすすめのワイン3選
最後にマスカット・ベーリーAのおすすめワインをご紹介します。
朝日町ワイン マイスター・セレクション 遅摘みマスカット・ベーリーA ロゼ 2023
山形県朝日町で栽培されたマスカット・ベーリーAを糖度と果実味が充分に熟すのを待って、11月上旬に遅摘みしたワイン。マスカット・ベーリーAが持っている特徴をより引き出すために、果皮を果汁に漬け込む「スキンコンタクト」を行い、低温でゆっくりと発酵をさせています。
上質でバランスの取れたワインに仕上がっています。
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ロゼワイン
朝日町ワイン マイスター・セレクション 遅摘みマスカットベーリーA ロゼ 2023
ロゼワイン日本/山形県通常価格1,870 円 (税込)通常価格単価 あたり720ml、マスカット・ベーリーA 720ml、マスカット・ベーリーA
甘く華やかな果実香とさわやかな酸、味わいのある辛口のロゼ
ベルウッドヴィンヤード キュヴェ・デ・ザミ マスカットベーリーA 2020
自然派のスタイルで、無濾過で仕上げているため非常にピュアで個性的な味わいを感じて頂けるワインです。
樽由来のリッチさと旨味を凝縮した印象があり、後半に掛けては複雑性を伴う味わいで、マスカット・ベーリーAの常識を覆す味わいです。
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赤ワイン
ベルウッドヴィンヤード キュヴェ・デ・ザミ マスカットベーリーA 2020
赤ワイン日本/山形県通常価格4,070 円 (税込)通常価格単価 あたり残り7個
750ml、マスカットベーリーA、ミディアム 750ml、マスカットベーリーA、ミディアム
くらむぼんワイン KURAMBON マスカット・ベーリーA 2022
ブルゴーニュのワイン造りを参考にしながら、ステンレスタンクでじっくりと3週間発酵させており、セニエ方式を採用して凝縮した果実味と旨味と渋みが感じられる仕上がりになっています。
樽由来のバニラ、モカなど上質な香りも感じます。
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赤ワイン
くらむぼんワイン KURAMBON マスカット・ベーリーA 2022
赤ワイン日本/山梨県通常価格2,750 円 (税込)通常価格単価 あたり残り3個
750ml、マスカット・ベーリーA、ミディアム 750ml、マスカット・ベーリーA、ミディアム
繊細なタッチのベーリーA
5. まとめ
近年、日本ワインの海外進出が目覚ましいですが、O.I.V. (国際ブドウ・ワイン機構)に甲州が品種登録されたをきっかけに、マスカット・ベーリーAもそれに続き、様々な努力の末、2013年にマスカット・ベーリーAもO.I.V.に正式に品種登録をされました。現在もなお、日本固有品種のマスカット・ベーリーAを国際的な品種にすべく、栽培家と醸造家による努力が続けられています。
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