山梨県甲州市塩山。日本三大急流にも数えられる富士川へと流れ込む笛吹川の脇、機山洋酒工業は、北東から南西に太平洋へ向かうこの一級河川によって形成された河岸段丘の上に位置するワイナリーだ。

「ワイナリーを継ぐまで、6年間会社員として働いていたのですが、そのうちの3年間は出向という形で、国税庁醸造試験所で研究をしていました。そこで嫁さん(由香里さん)とも出会ったのですが。そこには規模を問わず、色々な酒造メーカーの優秀な研究者が集まっていて、雰囲気としては大学の研究室のような空間が築かれていました。研究室にお酒を持ち込んで仲間と飲んだり、自分たちの研究も当時としてはハイレベルの内容で。あの時の経験は、今の僕のベースとなっています。」

県道を隔ててワイナリーと隣接した自社畑には、垣根仕立てのカベルネ・ソーヴィニョンやメルロ、シャルドネといった欧州系品種が植えられている。 葡萄の上には、「レインカット」と呼ばれる、雨よけのビニールを張り巡らせる鉄骨が組み上げられている。
「1994年に家業を継いでから、当時マンズワインさんが開発した「レインカット」の講習会に行ったりして勉強していました。そんなときに「あやか農場」の1992年だったかな、カベルネ・ソーヴィニヨンを飲んだのですが、それが非常に美味しくて。この土地にはもともと柿畑だったのですが、柿なんて植えている場合じゃないと。」
柿を伐採して葡萄畑となった土地。笛吹川の扇状地であり、地力が強いこの土地は、畝の両側に果実がなるように、新芽をこさえた枝が2列のワイヤーに沿うように剪定されている。


3万本に対して、6銘柄(ワインのみ)という少数ロット。自社畑の生産の倍量を契約農家から仕入れる機山のワインがなぜここまで旨いのか。それは銘柄数の制限が可能にする、ある種工業的とも言える労働の緻密な配分によって担保されている、と言ってもいいかもしれない。 銘柄数を抑え、個々の銘柄の生産量を上げることで、労働の集約し、品質の向上を図る。そう言ったスタイルは、少量ロットを多数生産することが主流となっている昨今の日本ワイナリーの傾向に逆行するようなあり方だ。家族経営の中規模ワイナリーでありながら、そのようなスタイルを貫く土屋さんが、好きなお酒として敢えて名前をあげたのは、あるいは「こだわり」のようなキーワードとは一般的には無縁と思われる、極めて大衆的、工業的な銘柄だ。
皆が毎晩飲める日常としてのワインを届けたい。土屋さんにとっては、家業としてのワイン造りという意味でも日常なのかもしれない。だが一方で感じるのは、「かつて、そこにあったはずの未来」のような、歯痒い日常性へのチャレンジとしての側面だったりもする。