2022.02.16 更新

山梨・奥野田葡萄酒醸造

山梨・奥野田葡萄酒醸造

奥野田ワイナリー

代表取締役 中村雅量 氏

熱い思いとロジックの掛け算による世界に通用するワイン


日本ワインコラム | 山梨 奥野田ワイナリー

ワイナリー入口付近にある看板。「美味しいワインはこちら」という言葉にワクワクする。 ▲ ワイナリー入口付近にある看板。「美味しいワインはこちら」という言葉にワクワクする。

山梨県甲州市塩山に拠点を置く奥野田ワイナリー。甲府盆地東部に位置する日当たりのよい斜面を利用した畑が印象的だ。この土地で、中村さんはブドウ栽培とワイン醸造を続けて33年目を迎える。

「世界に通用するワインを造りたい」― 変わらぬ熱い思い ―

中村さんのワイン史は、新入社員で入社した勝沼にある老舗、グレイスワインから始まる。還暦を迎えた今のご自身と同年代の工場長と共に、日々、醸造に向き合い、テイスティングを繰り返したという。
20代前半だった当時の自分の方が嗅覚も味覚も優れているはずなのに、独学でワインの勉強をしていた工場長には全く太刀打ちできなかった

と嬉しそうに語ってくれた。人生の転機になった出来事だ。当時、甲府盆地産ワインに対する評価はかなり低かった。不服に思ったが、使用されていたブドウの品質では世界に通用する訳がないとも痛感していた。

そして、26歳で独立。

「世界に通用するワインを造りたい」

モチベーションは今も昔もこの一つだと言う。

全ては「聴く力」があるからこそ

日灼圃場入り口にある看板。風情があって素敵だ。 ▲ 日灼圃場入り口にある看板。風情があって素敵だ。

ワイナリーの裏手にある日灼(ひやけ)圃場。中村さんはここで、日本の伝統的なブドウ栽培手法ではなく、欧米で一般的に用いられている手法を参考にワイン用ブドウを栽培している。33年前に栽培を始めた頃、近隣の農家には「ブドウは出荷して食べてもらうもの」という認識しかなかった。小粒で、水分量が少ない、種のあるワイン用ブドウを栽培する中村さんは「クレイジー」と評されたが、屈することはなかった。生食用のブドウの余りでワインを造るのでなく、世界に通用するワインを造るという信念とそれを支えるロジックがあったからだ。

ロジック1:仕立て方を攻略する 

日灼圃場では、垣根仕立てのカベルネ・ソーヴィニヨンが所狭しと植えられている。 ▲ 日灼圃場では、垣根仕立てのカベルネ・ソーヴィニヨンが所狭しと植えられている。

甲府盆地でのブドウ栽培の歴史は長く、800年以上も前に遡るが、基本的には生食用で、品種は北米原産のラブルスカ種が主流だ。優しい甘さと溢れ出す果汁。これが生食用のブドウだ。高温多湿で肥沃な土壌を持つ甲府盆地では、生食用のブドウには棚仕立てが適した選択だろう。棚仕立ての植付け量は、約200本/1ha。本数は少ないが、豊富な水分と養分を吸収した一本一本の木は太く、強い樹勢を持つことから、面積当たりの収穫量は世界トップレベルを誇る。

一方、ワイン用ブドウは、ヨーロッパ原産のヴィニフェラ種が主流で、奥野田ワイナリーで栽培するカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シャルドネ、甲州といった品種が含まれる。ラブルスカ種とは異なり、痩せた土地や乾燥した環境を好む品種が多い。奥野田ワイナリーでは、ヴィニフェラ種のブドウは全て垣根仕立てが採用されており、約9,000本/1haの密度で植えられている。

世界的な植付け密度(4,000本前後〜10,000本超/1ha)と同じレンジだが、日本の伝統的な棚仕立ての植付け量とは大きく異なる。ブドウ間の競争環境を作り出し、ワイン醸造に欠かせない高い糖度と水分量が少なく凝縮された果実味のあるブドウ栽培に心を使っている。詳しくは以下で説明する。

ロジック2:水分過多を攻略する

水分と養分を奪い合う為、樹齢25年の木であっても、棚仕立てで育てられた木の様に太くはならない。 ▲ 水分と養分を奪い合う為、樹齢25年の木であっても、棚仕立てで育てられた木の様に太くはならない。

世界的にワイン用ブドウ栽培地は、乾燥した痩せた土壌環境が多い。銘醸地で多く見られる石灰質土壌は水はけがよい。水分不足が適度なストレスとなり、糖度の高いブドウが育成される。一方、甲府盆地の栽培環境は、気温、降雨量、土壌養分全てが高レベルだ。

そこで、中村さんは、1ha当たりの植付けを多くし、ブドウ同士で水分と養分を奪い合う環境を整えた。その結果、ブドウの根は横に広がらず、地層奥に伸びる(畑の土壌表層は浅く、15cm程度の肥沃な関東ローム層で、その下が岩盤になっている)。ブドウは、土壌表面の栄養豊富な水分ではなく、岩盤奥の低栄養、高ミネラルな水分を吸収する為、pH値が低い果汁を収穫することが可能になる。pH値が低い果汁は酸化しにくい上に、酵母が活発に活動するので、発酵もスムーズに進むというメリットがある。

ロジック3:養分過多を攻略する

大学時代、微生物を研究していた中村さん。話を聞いていると大学教授のように思えてくる。 ▲ 大学時代、微生物を研究していた中村さん。話を聞いていると大学教授のように思えてくる。

温度、水分、養分が高い水準で維持されている甲府盆地は、微生物が大量に発生する微生物土壌だという。ヨーロッパでは1立方センチメートル当たり10x8乗の微生物が生息する中、甲府盆地では10x11乗というのだから桁違いだ。大学で微生物を専門研究した中村さんは、微生物の育成を妨げない環境作りを徹底して行う。

なぜか。

ヨーロッパの銘醸地に多い石灰質土壌の場合、ブドウの根が腐植酸を出して石灰質を溶かさない限り、養分を吸収できないというストレスがかかる。その結果、樹勢が抑えられ、果実の熟成とのバランスが取れるのだ。

甲府盆地では、微生物土壌で同じ環境を整えた。即ち、莫大な数の微生物が土壌の養分を蓄え、固定化する。固定化された養分は雨が降っても土壌に流れ出るということはない。ブドウの根は直接養分を吸い上げることができず、根から腐植酸を出して微生物を溶かすことで初めて養分を吸収できるのだ。

ロジック4:高温多湿による病気を攻略する

富士通と協業し設置しているセンサー。温度と湿度を5分毎に24時間365日観測する。 ▲ 富士通と協業し設置しているセンサー。温度と湿度を5分毎に24時間365日観測する。

ブドウ栽培の天敵の多くは、病気と昆虫だと言う。病気の原因はカビによって齎されるものが殆どだ。カビと言えば、高温多湿な日本では誰もがその姿を見たことがあるだろう。頻繁に発生するし、カビの病気に弱いブドウを日本で育てる際に農薬はマストだと言われる所以だ。普段、カビは胞子として空中を漂っているが、胞子の状態では耐熱性、対薬品性、対乾燥性があり、手の打ちようがない。一定の温度と湿度に達すると、胞子が発芽する。発芽後72時間が経過すると菌糸が伸び、人の目で見てカビが発生していると気付くという流れだ。

一方、カビは、発芽から菌糸が伸びるまでの72時間が一番脆い状態で、ボルドー液のような殺菌剤を散布すれば病気は発生しない。理論上、この72時間の間に薬剤を撒けばいいのだが、いつ発芽したのか目に見えないため、多くの農家は定期的に農薬を散布せざるをえない。しかし、中村さんは、15年以上前からICTの力を借りて、この定説を覆している。

出会ったのは、“Green Policy 2020”として環境問題に対する中期的な取り組みを展開していた富士通。同社と協業し、畑の温度と湿度を5分毎に計測し、ある一定の値になるとアラームが発動するシステムを構築。アラームが鳴れば、72時間以内に少量の薬剤を散布し、病気発生を抑えている。その結果、農薬散布量は規定量の半分(天候が良い年は、1/4)に抑えられていると言う。農薬使用量が減るだけでなく、農薬散布に必要な機械代や農薬代も抑えられ、経済的なメリットも大きい。
これらの話をする際、中村さんは「自分で考えた訳ではない。誰かがやっていること」だという発言を繰り返し、その度に「ご謙遜を!」と思って聞いていた。しかし、

自分勝手に過ごしている人のように思われるかもしれないけど、僕、人の話を聴くことを一番大事にしているんです。

インタビューの最後の方に放たれたこの言葉で、ストンと納得した。自分自身への自戒の念を込めて言うが、人は(他)人の話を聞かない。表面的に聞いているように振る舞うが、結局は自分の思い通りにやって失敗する。中村さんは、人の話の本質を理解し、自分が置かれた環境に合わせる形で取り込んで実践している。それこそが本当の聴く力だ。

「聴く力」は発信力に繋がる ― 危機感をバネにして

中村さんは、人の話を聞いて、実践するだけではない。その結果と秘訣を周りに惜しげもなく差し出すのだ。そこには「甲州の座に甘んじるな」と言う強い危機感がある

今年で独立して33年目。独立した時は、勝沼のワインこそ日本のワインと言われ、ワイナリーがある塩山の評価は低いものだったと言う。最近は、塩山にもワイン用のブドウを栽培する農家が増え、ワインツーリズムの満足度では勝沼よりも高いという結果も出ている。しかし、中村さんは次を見ている。

甲府盆地もこれからやっていかないといけないことがある。『甲州は美味しい』だけでは、あと何年も持たない

確かに、今や日本中にワイナリーが設立され、ヨーロッパ品種で凝縮感のあるワインを製造するところが増えてきている。「飲み込まれるぞ」と言う危機感が常にある。今の立ち位置に甘んじることなく、更に質の高いブドウの栽培、醸造技術を習得しようとする熱意が伝わってくる。

いいものはどんどん取り入れろ!

最新鋭の吸引型搾汁機の容量は20ヘクトリットル。80ヘクトリットルのものもあると言う。 ▲ 最新鋭の吸引型搾汁機の容量は20ヘクトリットル。80ヘクトリットルのものもあると言う。

最近、購入されたプレス機を見せてもらった。イタリア製で日本導入第1号機だという。現在世界で主流のプレス機は大きく、空気圧式、垂直式、水平式の3つに分類されるが、このプレス機は、空気圧式から更に進化した吸引式だ。機械は空気圧式と似ているが、空気圧式がタンク内の風船のような装置がブドウを側面へ押しつぶすことで搾汁するのに比べ、こちらはブドウを吸引し搾汁する。空気圧式よりも更に優しく且つ効率的に搾汁することができると言われている。

また、装置内は不活性ガスで覆われているので、搾汁時の果汁の酸化を防ぐことも可能で、SO2添加量を減らすことができる。昨年収穫したブドウをこのプレスで搾汁したところ、出来栄えは上々とのこと。このプレス機導入に当たっては、機械輸入事業を行う同級生の存在を忘れてはいけない。醸造手法の進化を常に求める中村さんの要望と、世界各地から機械を導入している同級生の目利きがうまく合致したものだ。

なんと、同級生はイタリアに数ヶ月滞在して、メンテナンス手法等も習得したというのだから心強い。このプレス機の噂を聞きつけ、いくつかのワイナリーから見学を受け入れているようだ。大規模なワイナリーも今後導入開始するのではないかとのこと。先駆者としてリスクは取りつつ、競合先に対しても学びをオープンにする。眩しいばかりだ。

気候変動に備えよ!

瓶詰めされたワイン。美しい色調にうっとりとする。 ▲ 瓶詰めされたワイン。美しい色調にうっとりとする。

昨今の気候変動の影響はワイン用ブドウ栽培にも大きな影響を及ぼしている。ここでも、中村さんはただ指をくわえて待つのではなく、ブルゴーニュやシャンパーニュといった場所を巡った。温暖化でブドウ栽培地が北上するという説もあるが、そんなことはない。これまでの経験で得た学びを活かすことで、ブドウ栽培のポテンシャルは今後も高い位置で推移する。色んな栽培家と話を深めることで、こう確信した。

まずは、剪定の時期を休眠期から活動期初期に遅らせる。活動期直後の剪定はブドウに負荷がかかり、萌芽が遅れるので、遅霜の被害を回避させることが可能となる。となれば、収穫が後ろ倒しされるのではと思われるかもしれないが、帳尻を合わせる為に、夏の時期に行う枝の摘芯を省くと言う。摘芯を行わないことでブドウの負荷がなくなり、収穫時期を調整することができるという塩梅だ。

中村さんは、更に改革を一歩進めている。通常、ブドウ休眠期の冬の間に、剪定とワインの瓶詰め作業が行われる。これまでは「剪定→瓶詰め」の流れで行っていたが、剪定時期を遅らせたことで、「瓶詰め→剪定」に変更せざるを得なくなった。瓶詰めの時期を早めることが可能になるよう、中村さんは温度調整が可能になるよう醸造所を改築した。通常、醸造所はブドウの酸化を防ぐ観点から温度を下げることに重点を置くが、今回、温度を上げることも可能となり、発酵から瓶詰めまでのスピードを早め、「瓶詰め→剪定」の作業が可能となったと言う。

実に大胆な発想だ。

山梨の底力を見せつけろ!

手前の樽と比べると、丹波山村産のミズナラで試作した樽の小ささが分かる。 ▲ 手前の樽と比べると、丹波山村産のミズナラで試作した樽の小ささが分かる。
金縁が施された樽には高級感が漂う。 ▲ 金縁が施された樽には高級感が漂う。

ワインセラーに足を踏み入れると、金色の縁取りがされた小ぶりな樽が目に飛び込んできた。よく見かけるワイン樽とはサイズも雰囲気も異なる。4年かけて、山梨県丹波山村産のミズナラでワイン樽を村と共同開発したと言う。
「え?樽を開発?」耳を疑うばかりだ。

甲州市は面積の8割を森林が占める緑豊かな場所だ。また、丹波山(たばやま)村は多摩川の源流の丹波(たば)川を有する村である(タバガワ、タバガワ・・・タマガワ、となったらしい)。丹波山村の過疎化が進む中、林業を再興させたいという思いも重なり、ブドウから樽までの「オール山梨産」プロジェクトに繋がった。プロジェクト推進に当たっては、自然保護の観点からの調査も行ったと言う。ワイン樽用に木を伐採することで、関東地方への水源となっている森林保全にも繋がると期待が膨らむ。

今回は試験的に細めの木を伐採した為、18Lの小ぶりの樽を複数個製造したそうだ(総量は一般的な300L弱のワイン樽1個分)。奥野田ワイナリーのシャルドネが熟成されている。先日試飲したところ、シャルドネに樽の香りが移り、複雑性の増したワインに仕上がってきているとのこと。楽しみだ。 詳しく話を伺うと、なんと、中村さんは20年以上も前から、

日本のワインなのだから国産の樽で醸造したい

と呟いていたと言う。
その呟きが少しずつ広がり、丹波山村の未来会議のメンバーに選ばれ、樽開発に繋がったそうだ。念仏の力は凄まじい。ずっと考えていることだからこそ、チャンスを逃さずに形にすることができるのだろう。「考えは言葉となり、言葉は行動となり、行動は習慣となり、習慣は人格となり、人格は運命となる。」というサッチャーの名言を彷彿とさせるエピソードだ。

時には下宿先の親父さんのように

弾ける笑顔の中村さん! ▲ 弾ける笑顔の中村さん!

これまでの文章を読んで頂くと、中村さんをスーパーマンのように感じておられる読者の方が多いのではないだろうか。確かに凄い方なのだが、凄い人独特の近寄り難さが全くない。むしろ、昭和の「長屋の親父さん」のような、「下宿先のおじさん」のような…少しぶっきら棒なお茶目さがあるのだ。

日本のワインの消費量の話になった時、女性の飲酒文化の浸透と共にワインの需要が伸びてきていると言う話をされ、「男はだらしない!」と笑いながら一喝。富士通との協業の件でも

「富士通のメンバーも、彼らの技術でにんじんや大根が上手にできたと言われても喜ばないかもしれないが、いいワイン(酒)ができたと言えば、喜んで畑にやってくる」

と目を細めながら話してくれた。
改築したガーデンテラスを案内頂いた際、奥野田ヴィンヤードクラブの活動について誇らしそうに話してくれた。
クラブのメンバーは、葡萄の木を1年間所有すると共に、葡萄栽培についての知識を学び、実際に畑での作業を一緒に行う。開始時のメンバーは6名、現在の素敵なテラスもなくパラソルの下でワインをテイスティングしたり食事を共にしたと言う。今では、メンバーは250名程まで増え、メンバー同士の交流も盛ん。古参メンバーが新規メンバーを指導する場面が多く、中村さん自身が細かく目を配る必要がないのだと胸を張る。


中村さんという「親父さん」がいるからこそ、周りのメンバーが自由に走り回れるのだろう。こういう話をする時の中村さんは、本当に嬉しそうだ。

ふと思った。
ご自身が見聞きしたことを実践、発信することで、周囲の人が中村さんに教えを乞いに、或いはただ一緒に過ごしたいからと集まってくる。ご自身の人生の転機となったというグレイスワインの工場長との日々と重なりやしないか?もしかして今の中村さんは、周りの人々にとって、まさにその工場長のような存在になっているのではないか?、と。

奥野田ワイナリーのメンバーは総勢4名。年間生産量は4万本。規模は決して大きくないが、活動の幅は広く、一つ一つの工程が丁寧に扱われている。「うちは小さいから」と何度も仰っていたが、その小ささを武器に変え、「世界に通用するワイン」を産み出している。

中村さん、ありがとうございました! ▲ 中村さん、ありがとうございました!

「理想に対して、常に満足度は75%。いつも今一歩何かが足りなくて、何かを変えている」

そうだ。今後も、色んな進化を見せてくれるだろうが、まずは山梨県産の樽を使ったシャルドネが出回ることを、心待ちにしたい。

Interviewer : 人見  /  Writer : 山本  /  Photographer : 吉永  /  訪問日 : 2022年2月16日

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