日本ワインコラム | 東北 山形・月山ワイン
出羽三山の一つ「月山」。
その麓に広がる水隗「月山ダム」に始まる水流は、山肌を削りながら蛇行し、庄内平野を横切って日本海へ注ぎ込む。その山間部、埜字川が削り落とした谷間の河岸段丘上に「庄内たがわ農業協同組合・月山ワイン山ぶどう研究所」のワイナリーは位置している。
背後には、山頂付近を既に雪に覆われた月山連峰、すぐ脇には深い谷を走る急流と、険しい自然に囲まれたその土地には、田畑を敷くに充分な平地がなかった。 「中山間部というお米も取れない土地で、雪も高く積もりますから、冬季の仕事がないのです。そういった中、北海道の池田町をモデルにした事業として、山から採ってきた「ヤマブドウ」を使ったワイン醸造がスタートしました。」
北海道の池田町といえば、町営でブドウ栽培・ワイン醸造を行っている「ワインの町」として知られる自治体だ。
そのモデルを参考に(旧)朝日村では、農協が主導し、野生の「ヤマブドウ」を使用したワイン造りを開始した。
「昭和40年代にスタートして、54年に酒造免許が下り、本格的な製造が進んでいきます。そういった中で、野生のヤマブドウの品質には限界があるという事で、ヤマブドウの栽培に着手したのですが、当時はノウハウがありませんから、全くうまくいきませんでした。」
「例えば、今私たちが栽培しているのは『コアニティー種』という雌雄別の品種なのですが、当時はそういったことすらもわかっていなかったので、雄の木ばかり植えて実がならない等、非常に初歩的な問題がありました。」
知識もノウハウもないところからスタートした月山のワイン造り。50年の歳月を経た現在では、 人工受粉やクローン選定の技術が飛躍的に向上し、日本古来の品種としてのヤマブドウの魅力を表現できるクオリティを得られるようになった。今では130軒にも上る栽培農家が、その栽培に取り組んでいる。
品質の向上と共にその知名度も全国区たるものとなっている月山ワインでは、2015年に2.5億円を投じて設備を刷新した。 ジュースを含め200トンを仕込める程のステンレスタンクが立ち並ぶ醸造施設。無駄なく空間に敷き詰められたタンクは、それぞれ醸造作業に最適な形で緻密に設計されている。
「1回のプレスで取れる果汁の量で、ひとつのタンクがほぼ満量に達するように計算していて、仕込み中も余計な酸化を防いでいます。またタンクのバルブの位置も、容量に対して沈澱する澱の高さを事前に計算した上で設計して、誰でもラッキングができるようにもなっています。」
中でも最も費用をかけたのが「瓶詰めライン」だ。ボトルの中に窒素を充填し、そこへワインを注ぎ込むことで酸化を防ぐ窒素置換設備を備え、打栓前に液面上の空間を真空にすることもできる。
酸化の防止と衛生管理の行き届いた醸造施設は、現在の月山ワインのクリーンで引き締まった味わいを証明する説得力を持っているように映る。
そういったスタイルの立役者である工場責任者の阿部豊和さんは、15年以上ワインの醸造に携わってきた。
「元々は、日本酒の製造の仕事をしていたのですが、2003年に月山ワインに入社して、初めて造ったワインが甲州のシュール・リーでした。その当時(今から17、8年前)、地域に甲州葡萄は植っていたのですが、前任の醸造担当者は甲州葡萄にあまり関心がありませんでした。私は入社後、酒類総合研究所で研修をしたのですが、その時に飲んだ山梨県の甲州が美味しくて、『(研修から)帰ったら、絶対にこれを作ろう』と思いました。」
今では、ジャパン・ワイン・チャレンジ等の規模の大きなコンクールでの受賞歴も輝かしく、山形を代表するワインとなりつつある「月山ワイン ソレイユ・ルバン 甲州シュール・リー」であるが、当時は庄内の甲州に対する認知はほとんどなかったそうだ。
「私も含めて地元の人もこの土地が甲州栽培の北限であることは知りませんでした。2-3年目に造ったワインを初めてコンクールに出したときに、庄内の甲州ブドウを原料としていることを紹介すると、会場から沢山の質問を受けました。多くの人にとって、これまでの甲州栽培の北限の認識は、赤湯が最北だったのですが、庄内は赤湯より北にありますから、私たちの栽培している甲州が北限という事になりました。」
ワイナリーのある山間部より川沿いを下った、西に朝日連峰を臨む平野部。西荒屋という地区に北限の甲州を栽培する農家の畑のひとつがある。2m以上にも達することのある積雪から、高く仕立てられた棚の下を、山から降りてくる風がひんやりと通り抜ける。海、山、川に囲まれた地域の土壌は、山からの礫質や海からの砂質など水捌けに優れている。
平均樹齢は50~60年だが、中には栽培農家もその樹齢もわからない程のヴィエイユ・ヴィーニュがみられる。「(農家さんの)祖父さんが植えた」ので、樹齢100年近いと推察されるその葡萄の樹皮には、古の森の神木よろしくコケ類が繁茂する。
「庄内の甲州は非常に品質が高くて、中には糖度が20度を超える収穫もあります。 今年の10トン収穫でも平均で18度を超える糖度の葡萄を得ることができました。また補酸をしなくてもいいくらい酸もしっかり残ります。」
「また、平成15年からボルドー液の散布をしていないので、甲州独特のパッションフルーツのような香りが、年によっては明瞭でないこともありますが、年々濃く現れるようになっています。」 その品質は一朝一夕で得られたものではない。 「甲州と言えば山梨県」というステレオタイプから、他の産地をどうしても新興産地のように見做してしまうところがあるが、庄内の甲州葡萄栽培の歴史、その始まりは江戸時代まで遡る。
「江戸時代中期、酒井藩氏が甲州ブドウを藩内へ持ち帰り、城内に植えたことが、この土地の甲州ブドウのルーツです。葡萄の房が垂れ下がるのを見て、「武道が下がる」と城内から取り除かれてしまうのですが、それがきっかけで藩内に広く伝搬しました。」
葡萄畑から程近くに位置する河内神社。その境内の片すみに大正15年に建立された「葡萄圃復興記念碑」と記された石碑が、木陰の中でたたずんでいる。
「水野氏という方が西荒屋地区の佐藤方珍氏に甲州の苗木を譲り、それを佐久間久兵衛氏が繁殖させました。ところが、明治18年頃にアメリカ品種の栽培がもとでフィロキセラが蔓延し、畑は壊滅状態に。そこへ山形県の普及課の指導や組合の設立により産地が復興しました。それを記念して建立されたのが、この石碑です。」
現在、月山ワインを代表するのは、ヤマブドウ、山ソーヴィニヨン、甲州、セイベルの4品種。農協による経営という条件の中で、新しい品種の栽培を始めるのは簡単なことではないが、阿部さんの意思の下、欧州品種の栽培・醸造に取り組みを開始している。
「(農協の)組合員と一緒にワイン作りをしているので、思うような品種が中々作れないというジレンマもありますが、その一方で、5-6年前から農家さんのお願いして、欧州系の品種を少しずつ増やしてもいます。白葡萄としては、ピノ・グリやシャルドネ、ゲヴュルツ・トラミネール、ソーヴィニヨン・ブランを。黒葡萄には、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、メルロ、ピノ・ノワールの栽培を開始しました。 まだクオリティの面では課題がありますが、既に収穫も得られています。」
中でも、既にシャルドネやカベルネはリリースされている。特にカベルネは、山形県で優れた実績を残している品種であることも手伝ってか、バランスに優れた飲み口のいい逸品に仕上がっている。
「今までは、ただワイン造りをやっているだけだったと思っていますが、一定のクオリティのワインを造ることができるようになってきた現在、この鶴岡という土地をワインの産地として育て上げることができるようなものを生み出していきたいと考えています。葡萄品種にベースを置いたワイン造りだけでなく、土地の個性が出せるようなワイン造りをして、産地形成をしていかなければなりません。それは、私の代では実現できないかもしれませんが、次の代、さらに次の代へと継承していくことができるようなものを残していきたいです。」
2003年に入社した阿部さんは、2005年の鶴岡市による(旧)朝日村(月山ワイン所在地)の吸収合併に伴い、消えていく村の名前を冠した「ソレイユ・ルバン(仏語:朝日が昇る)」をリリースした。彼が抱く土地を大切にしようという誠実な思い。それがこの先、ワイン産地としての庄内を明るく照らしてくれることを期待する。
※補遺
渓谷の谷肌を抉る形で掘られた旧国道のトンネルを利用した、月山ワインのワイン貯蔵庫。
訪問当日も、冬の乾燥肌が羨望のまなざしをくれてやれるほどに、潤い天国であったが、2020年の夏の豪雨によって、そのトンネルが冠水した。
それにより、当時内部で貯蔵されていた10,000本のワインが押し寄せる泥水の中に没した。
打栓をしていた為、ワインそのものに問題はないように見えたが、衛生上それらは廃棄されるしかなかった。
彼らのために、我々が出来ることといえば月山ワインを美味しく飲むことくらいだが、本コラムが
そよ風程度であったとしても、その後押しとなることを切に願う。
※当サイトの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。また、まとめサイト等への引用を厳禁いたします。