世界中にポムロールというワイン産地を一躍有名にしたシャトー
2024.06.24 --- writer Kasahara
1. シャトー・ル・パンの概要
ヴュー・シャトー・セルタンを所有しているティエンポン家のジャック・ティエンポンが前オーナーのマダム・ロービー氏より1979年に1.5ヘクタールの畑を買い取った事から始まる。(その後隣の畑を購入した事により、現在は2.7ヘクタールある。)シャトーの名称は現在もワイナリーの前に植わる、「松の木」に由来。(フランス語で松は「ル・パン」)
1982年のヴィンテージをリリースした際に、世界中にポムロールというワイン産地を一躍有名にしたのがこのシャトー・ル・パンである。ワイン評論家ロバート・パーカー氏のテイスティングで満点の100点を獲得したからだ。年間生産量は僅かに6,000本程度という事もあり、市場で見かける事も少ない。セパージュは100%メルロだが、畑では混植でカベルネ・フランも少量ある。(シャトー・ル・パンには使用されない。) ベルギーの建築家であるポール・ロブレヒトによってデザインされた現在のワイナリーは2011年9月に落成した。
2. ワイナリーの歴史
1979年
ヴュー・シャトー・セルタンの共同経営者であるジャック・ティエンポン氏は、ヴュー・シャトー・セルタンの隣にある小さな区画の畑を手に入れた。これがシャトー・ル・パンの始まりである。
この区画は前オーナーのマダム・ロービー氏時代は、ワイン造りの為ラランド・ド・ポムロールのワインメーカーと契約をしていた。1979年当時、セラー設備は何も無く、1基のステンレスタンクとワイン造りに必要な数のフレンチオークのみを取り揃えてのスタートだった。始めた当時の数年は、資金を節約するためにヴュー・シャトー・セルタンで使用した樽をシャトー・ル・パンで使用。この事が偶然にも樽の中でマロラクティック発酵を行う、という醸造方法へとつながり、シャトー・ル・パンはこの技術を行った最初のシャトーとして有名となる。
土地のかなりの部分を新しいメルロのクローンに植え替え、ブドウの木を仕立て直した。
1980年代
1980年代初めには隣接する2つの区画を取得して現在は2.7ヘクタールある。畑は増えたものの、改植等を常に進めており、生産量は年産6,000本程度から増やしていない。
2011年
ベルギー人建築家ポール・ロブレヒトの設計による現在のワイナリーが落成し、グラヴィティ―フローや最新の醸造設備が完備された。
3. 畑の特徴
ポムロール高原の中央に位置するブドウ畑は、完璧な南向きの日当たりで、ドメーヌを分ける小さな溝に向かって傾斜している。 表土には、主に粘土質の土壌では珍しい古代の小石が多く含まれている。表土は非常に厚く、地下3~4メートルあり礫層は地表から3~4メートルと非常に厚く、鉄分を含む石灰岩、礫、粘土、砂が複雑に重なり合っている。この土壌は、干ばつや大雨には強くない。これは土壌の深い粘土が水分を保持する傾向があるためで、夏の暑い日中は水分を蓄えるが、雨が多く降ると、水分は粘土の深い層に引き戻されて蓄えられる。土壌は非常に暑くなりがちで、メルロの熟成は非常に早い。
4. 醸造の特徴
ブドウは手摘みで収穫、畑の中で選果を行う。その後16~45ヘクトリットルの大きさの10個の小さなステンレスタンクに運ばれる。ワインはステンレスタンクで2週間のマセラシオンの後、マロラクティック発酵と熟成のために65%新樽(セガン・モローとタランソー)を使用。 (ちなみにシャトー・ル・パンは右岸のシャトーで初めて、樽でのマロラクティック発酵を行ったシャトーだ。)15ヶ月の熟成の後、ワインは卵白で清澄され、濾過なしで瓶詰め。
5. 2023年のテイスティング
今回は2022年にシャトー・ル・パンの総支配人となったダイアナ・ベル―エ・ガルシアさんに対応頂いた。ダイアナさんはスペインの出身で、実家は4代続くワイン生産者の家系。バレンシア地方で最初のカバを造った醸造学者を父に持つ。その後フランスでワインを学び、複数のシャトーで研修。2015年からポムロールのシャトー・プティ・ヴィラージュでの醸造責任者を経て、着任した。
さて2023年ヴィンテージのテイスティングが始まる、2023年は収穫量の多い年だったにもかかわらず、バレル・ルームには樽が1列2段で積まれているだけ、ざっと見たところ30樽程度だろうか。
テイスティングする際、他のシャトーと異なる点がある。それはスピット(吐器)が用意されていない事だ。市場でもめったに見かけない、このシャトーのワインをテイスティング出来る幸運な機会に恵まれたのだから、もちろん存分にそのワインを堪能したいものだ。フランス人に言わせてみれば、「ワインを内側に吐く」テイスティング。
さてワインの色から見ていくと、鮮やかな紫色。ゆっくりとグラスを近づけるとスミレやライラックのような華やかなお花の香りのあとにハーブやチョコレートのような甘い香り、火打ち石のニュアンス。驚く程香りが立体的にゆっくりと広がる。口に含むと本当にきめ細やかなタンニンが既に口の中に溶け込んでいくような優しさ。近隣シャトーにはない品やかで官能的な味わい、これがテロワールなのだろう。
ダイアナさんに、うちのスタッフから
「どんな時にこのワインを飲みたいですか?」と質問をした所、意外な答えが返ってきた。
「朝食の時に一緒に飲みたい。」
よく考えてみると、朝は味覚も嗅覚も敏感な時間。その時に紅茶を飲んでリラックスするように、味覚や嗅覚に優しく伝わり広がるこの味わい、確かにこのワインのプロファイルを考えると意外なシーンでも無いのかもしれない。
6. (おまけ)2007年ヴィンテージ
2023年のテイスティングが終わった際に、こちらから1つ質問をした。
「2007年ヴィンテージは今どうなの?」
この出張の直前に、シャトー・ル・パンの2007年ヴィンテージのオファーを受けて、丁度お店で仕入れをしたばかりだった為、熟成の状態を知りたかったからだ。その後ちょっとしたサプライズが。少し席を外したダイアナ女史が戻ってくると、「グラスを持ったまま奥に来て」、と奥にある小さな部屋へと案内された。
「ここはシャトーのプライベート・ストックがある部屋です。」ほんの2,3坪程度の部屋にワインだけが並んでいる。ただしその数、ボルドーの規模ではなく、やはりブルゴーニュのような量しかない。なんと先ほど質問した2007年ヴィンテージのワインのテイスティングをしましょう、と嬉しいお言葉が。その貴重なプライベート・ストックから、2007年ヴィンテージのテイスティングが始まる。
ボルドーの2007年は暖かく乾燥していたが、7月は曇りが多く、全体的に力強いヴィンテージというよりは、酸がありタンニンも強くないクラシックなヴィンテージという印象だ。グラスに注いでもらうと、外側の縁の色がわずかにオレンジ色に変わってきている。香りは熟したラズベリーやプラムの果実味で、一切青っぽいニュアンスが無い。味わいは熟成に更にタンニンが溶け込み、より優雅で官能的なワインとなっている。
ラターシュではなく、ロマネ・コンティであり、シャトー・ムートン・ロートシルトではなく、シャトー・ラフィット・ロートシルトである、というように力強さというよりは優雅でエレガントな味わいがこのシャトー・ル・パンの持つスタイルでありテロワールなのだろう。
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