“雑草にだって役割がある”
自然と共に歩むワイン哲学が、ファルツの未来を醸す。
2024.08.01 --- writer Ito
- web サイト
- https://friedrichbecker.de/
ドイツの小さな村、ファルツ地方に足を踏み入れた瞬間、時間がゆっくりと流れる温かな空気を感じた。ファルツはドイツ西部、フランス・アルザスとの国境沿いに位置する、ドイツ屈指のワイン産地。今回はこの魅力あふれるファルツ地方を訪れ、その魅力を探りに来た。場所はフリードリッヒ・ベッカーのワイナリー。ワイン文化とそこで生まれるワインたちの魅力、そしてファルツでの滞在を通じて感じた、ワインと共に過ごす豊かな暮らしのヒントをお届けしよう。
1. ファルツの特徴|ドイツが誇るワイン産地の秘密
ファルツ地方は、ドイツワイン好きにとって見逃せないエリアである。その理由は、地理的な特性や豊かな自然環境、そして長い歴史に根ざしたワイン文化にありそうだ。その魅力を3つのキーワードに絞って紐解いてみよう。
地理と気候:ヴォージュ山脈の麓、土の匂いと戦争の記憶が交わる場所
歴史はワインとともに。ファルツ地方のシュヴァインゲンにあるベッカー家の畑、その70%はフランスの領土に広がっている。歴史的にはドイツとフランスの国境が度々変わり、戦争の影響を受けてきた。その名残を感じながら、ワインがどのように発展してきたかを感じ取れる土地だ。
ファルツ地方の気候は、ドイツ西部に位置する緑豊かな地域で、ヴォージュ山脈の雨陰効果は比較的温暖で乾燥した気候となり、ブドウに最適な育成条件を提供している。またドイツでも特に日照時間が長いこの地域では、リースリングをはじめとするブドウが最適な条件で育つ。ネガティブな要素は1つも見当たらない。
土壌:雑草も味方にする、ベッカー家の哲学
雑草にだって役割があるんだ
と語る、2代目当主、フリードリッヒ・ベッカーJr.(フリッツ)氏。
自然と向き合いながら、根気強く畑を守り抜く哲学。ファルツの土壌は、石灰質土壌、ロームや黄土、粘土、砂岩などが入り混じり、これがブドウに豊かなミネラルを供給し、ワインに深みと複雑さをもたらす。また丘陵地帯に広がるブドウ畑は、最高品質のワインを生み出す条件を備えている。特にリースリングは、リッチでコクのある味わいを引き出し、ピノ系品種も高い評価を得ている。
観光客を魅了:ファルツのワイン文化で、ワイン愛好家の心をつかむ
ファルツ地方は、ワイン文化が生活の一部として深く根付いている場所。特に観光としてのワイン文化は肌で感じるものがあった。滞在中、ワイナリーを巡る観光客の姿もところどころで見かけた。
北のボッケンハイムからベッカーさんのワイナリーがあるシュヴァイゲン村まで、全長85kmに渡って、ドイツ最大のワイン街道が縦断しており、毎年「ワインフェスト」が開催され、多くのワイン愛好家が訪れる。ファルツのワインは、地域経済にも大きく貢献しているのだ。
2. フリードリッヒ・ベッカーの歴史に学ぶ、粘り強さとは
フリードリッヒ・ベッカーの挑戦|ワイナリー誕生から成功までのドラマ
フリードリッヒ・ベッカーのワイナリーは、もともと動物の飼育や果樹の栽培を行っていたが、1973年にシニア氏がワイン造りに専念し、独立した。当初は「ベッカーのぶどうは酸が強く、すっぱくて不味い」と言われることも多く、想像するだけでも心が折れそうな困難を乗り越えてきたようだ。
南ファルツで甘口白ワインが主流だった時代に、彼はブルゴーニュの影響を受け、辛口のピノ・ノワール造りに挑戦。反発を受けながらも信念を貫き、最終的にピノ・ノワールは国内外で高く評価され、現在ではゴー・ミヨによってドイツのトップワイナリーの1つに数えられるまでに成長した。
現在のワイナリーの成功には、シニア氏の粘り強さと妥協を許さない姿勢がある。まさに1本のドラマができそうなほど濃厚な歴史が、今もなお人々を魅了しているのである。
3. 畑と醸造の特徴|「無理をしない勇気、させない美学」
自然の力を信じる勇気
フリードリッヒ・ベッカーでは、自然環境を最大限に尊重し、化学肥料や除草剤は一切使用しない。この信念がワインに独自の味わいをもたらし、自然の力を最大限に引き出すワイン造りの基本となっているようだ。
畑での手仕事:無理をしない(させない)栽培方法とその哲学
先述の通り、畑に自生する草や、花など雑草にも大切な役割があり、無秩序に放置するのではなく、必要な雑草、そうでない雑草を棲み分け、目を配り管理しているのだ。
燦燦と降り注ぐ太陽の下、30分もしないで体力を奪われた私からは想像も出来ない根気と体力が必要な作業。ワイナリーの方々がどれほど丁寧な手仕事をしているのかと思うと頭が下がる思いだ。
収穫から熟成まで:「手間をかける」という贅沢
フリードリッヒ・ベッカーでは、収穫から熟成に至るまで一切の妥協を許さず、全ての工程に「手間をかける」贅沢を大切にしている。収穫時に経験豊富なチームによって丁寧に選別され、最良の状態で醸造へと進める。熟成もまた、自然の力を信じ、時間をかけて行われる。こうした細やかな手作業の積み重ねが、豊かな風味と深みを持つワインを生み出しているのだ。
4. 今夜はベッカーで乾杯!|ワインの楽しさを引き出すヒント
まずはこれ!ベッカーのイチオシワインを手に取ろう!
フリードリッヒ・ベッカーのワインを楽しむなら、まずはシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)とリースリング、シャルドネがおすすめだ。ベッカー家が得意とするこれらの品種は、初心者から愛好家までを満足させる一品だ。また「プティ・ロゼ」も、豊かな香りと複雑な味わいで食事を引き立てる。手頃な価格でラインナップも充実しているので、まずはこれらから試してみてはどうだろう。
料理も主役!ベッカーが引き立てるベストペアリング
ベッカーのワインがテーブルに並ぶ夜は、私たちの普段のごはんや副菜の小皿が主役級に輝く。シュペートブルグンダーは、ジューシーなステーキやソーセージと相性抜群であることは言うまでもないが、日本の料理にも見事な相乗効果を発揮。例えば、焼き鳥のタレ味や豚の生姜焼きとも絶妙にマッチする。
リースリングは、その爽やかな酸味が天ぷらや刺身と驚くほどフィットし、まるで食卓に華を添える魔法のようである(少し褒めすぎかもしれないが、本当に美しい酸なのだ)。
次のディナーは、ベッカーのワインを用意して私たちのいつもの食卓を、特別な時間にしてみてはいかがだろうか。
ここぞという日に!
特別な夜には、ハイレンジのワインをぜひ楽しんでほしい。まずシュペートブルグンダー「ザンクト・パウル」は、アルザスのシャトー・ザンクト・パウルの隣にある特級畑で生まれ、小樽熟成の無濾過無清澄でミネラリーな味わいが魅力だ。
次にスパークリングワイン「キュヴェ・サロメ ブラン・ド・ノワールゼクト」は、シャンパーニュを思わせる泡立ちと黒ブドウ由来の力強さが絶妙にバランスを取る。そして「カマーベルク」は、ベッカー家の情熱と技術の結晶で、ピノ・ノワールの真髄を堪能できる。
他にも多様な上級ラインが存在する中これら厳選の3つ「ザンクト・パウル」「キュヴェ・サロメ ブラン・ド・ノワールゼクト」「カマーベルク」を挙げてみた。
5. まとめ|ファルツの未来とフリードリッヒ・ベッカーの影響力
これまで以上に、ファルツ地方のこれからが楽しみでしかない!特に、フリードリッヒ・ベッカーのワイナリーは、訪れる者を丁寧に迎え入れてくれるスタッフの方々の温かさたるや。とても心が和む場所なのだ。
日本でファルツの名前を広めたのも、ベッカーのワインが大きく貢献していると言っても過言ではない。本コラムを読んでいただいた全てのワイン好き、特にドイツワイン愛好家には、ぜひ訪れてほしいワイナリーである。ちょっと遠いけれど、旅の目的地に加えてみてはいかがだろうか。
ファンづくりの天才、ベッカー家。これからも地元ファルツへの愛と貢献を全力で続けていくはずだ。ワインとともに暮らしを豊かにする、そのヒントがここにあるのかもしれない。心から、応援しよう。そして次のミラベル(西洋スモモ:ドイツや隣接するアルザス地方の名産)の旬がきたらタルトを焼いてみようと思う。上手に出来たらベッカーのワインと共に豊かな時間を過ごそう。
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